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『僕はパパを殺すことに決めた』について

講談社から皆様へ

『僕はパパを殺すことに決めた』について

 

 弊社学芸図書出版部は本年5月21日、『僕はパパを殺すことに決めた』を刊行いたしました。本書に関連するとして奈良地方検察庁は「秘密漏示」を名目とする一連の捜査を続け、10月14日、事件を起こした少年の精神鑑定を担当した医師を逮捕するに至りました。
 私たちは今回の捜査の目的はメディアの取材活動を萎縮させることにあり、到底容認できるものではないと考えております。版元として取材源を明らかにすることはできませんが、本書に関連するとして身柄を拘束され、多大な苦痛を受けておられる鑑定医の方には心よりお詫び申し上げます。また、本書刊行の結果として、本来あってはならない出版・報道に対する権力の介入を引き起こしてしまった社会的責任を社として痛感しております。弊社では、本書出版の経緯、形態、意義について第三者を含む調査委員会を設けて詳細に検証を行い、その結果を改めて公表いたします。

 

 著者の草薙厚子氏が本書でテーマとしたのは、2006年6月20日、奈良県の進学校に通う当時16歳の少年が起こした自宅放火事件です。この事件では少年の継母と異母弟妹の3人が犠牲となっており、発生当初から社会的に大きな関心を呼び起こしました。
 まことに痛ましく、かつ重大な事件にもかかわらず、少年審判が公開されないこともあって、事件の真相はほとんど明らかにならないまま風化しようとしていました。草薙氏は取材の過程で少年や父親の供述調書をふくむ捜査資料を入手し、それらの資料を引用しつつ、少年が事件を引き起こした動機や心理状態を描いております。そして、事件の背景には常識をこえた勉強の強制、過熱する受験戦争が横たわっており、どの家庭でも起こりうる普遍性があることを明らかにしました。弊社出版部としても、この事件の真相を伝えることは社会的に大きな意義があると判断して、本書を刊行した次第です。

 

 本書については7月12日、東京法務局長より、非公開とされる少年審判の供述調書などを引用し、少年の心理、家族の私事などを詳細に記述することによって少年のプライバシーを侵害したとして、以下の勧告を受けております。
《本件書籍による更なる被害を防止するための適切な措置を講じるとともに、今後、このような人権侵害行為をすることのないよう、ここに勧告する》
 弊社はこの勧告を真摯に受けとめ、少年法の精神を尊重しながら今後も弊社の出版活動に反映させていく旨を公表しました。
 その後、9月14日、奈良地方検察庁により、本書に関連するとされる強制捜査が行われるという事態に至りました。著者の草薙氏の自宅ならびに所属事務所、少年の精神鑑定を担当した医師の自宅ならびに勤務先に家宅捜索が入り、以後、担当編集者をはじめ何人もの社員が奈良地検による任意の事情聴取を受けてきました。さらに9月28日には、この件に関連するとして京大教授の自宅ならびに研究室が家宅捜索を受け、任意の事情聴取が繰り返されました。
 一連の捜査は、「秘密漏示」に対するものとされています。「秘密漏示」とは、弁護士、医師や薬剤師といった高度な守秘義務を要する職業につく人が、正当な理由なく業務上知り得た秘密を漏らした場合に適用される罪状です。
 一方、私たちジャーナリズムに携わる者の使命は、国民の知る権利に応えるべく、真実を明らかにして報道することにあります。社会的意義、公益性のある報道のために、官公庁の不正や企業の組織的犯罪など、本来なら国民に広く開示しなければならないような重大な情報を得るため、守秘義務保持者らを含む情報源を取材するケースもあります。今回の事件にあたっても、真相を明らかにすることを目的として、著者を中心に取材活動を展開しました。一連の取材のなかで供述調書を含む捜査資料を入手したわけですが、この取材活動は正当な行為であったと考えています。
 弊社および草薙氏は奈良地検の事情聴取に対して、調書の入手に関しては正当な取材行為であったことを主張し、情報源秘匿の原則を守りながら可能な限りの説明を任意で行ってきました。現在も捜査は続いており、弊社としては出版社として守るべき原則にしたがって対応してまいります。

 

 取材経過ならびに今回の捜査に関する弊社の考え方は以上のとおりです。
 本書によって傷つけられたと感じておられるご遺族の方々、鑑定医の方、京大教授はじめ今回の捜査によりご迷惑をおかけした方々につきましては、弊社としてもまことに申し訳なく思っております。ことに取材にご協力いただいた少年の祖父の方には、お気持ちに反する結果となってしまったことを、心よりお詫び申し上げます。
 なお、弊社としては事態の推移に鑑みて重版を控え、出荷を見合わせております。その他、本書については図書館での閲覧問題などさまざまな混乱が生じており、読者のみなさまにご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。
 今回の本作りについてはさまざまなご指摘をいただいております。真相を明らかにするためとはいえ、捜査資料を引用することによって少年法に定められた審判の非公開原則を破ってよいものかどうか。人権に対する配慮が欠けていたのではないか。もっとも大切にすべき取材源を危険にさらすものではなかったか。これらのご批判については、弊社としても謙虚に耳を傾け、みずからの本作りを問い直す必要があると考えています。具体的には冒頭で申し上げたとおり、調査委員会が詳細に検証を行い、その結果を公表するとともに、今後の出版活動に活かしてまいります。なにとぞご理解いただきたくお願い申し上げます。

2007年10月17日
講談社