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■吉川記念館へ
■吉川英治旧宅草思堂と吉川英治記念館
■主な展示品
■草思堂写真館
■吉川英治記念館へ
吉川英治記念館の建つこの地は、東京都青梅市の吉野梅郷(旧吉野村)の西端にあります。ここから観梅の拠点、青梅市梅の公園に向かっての東の一帯の民家の庭や畑には2万本の梅が植えられ、3月の1カ月は、一帯が清らかな色と香に包まれます。
さて、吉川英治記念館の最寄りは、JR青梅線二俣尾駅。目の前に青梅街道が走っています。ちょっと青梅より(東へ)戻り、ローソンと農協二俣尾支店の間を右に折れると、道は多摩川に向かって少し下り坂となります。
奥多摩橋で眺望は一気に開けます。この橋は多摩川の両岸をつなぐ橋の中で、川面から一番の高さを誇ります。
橋上からは対岸の吉野丘陵のおだやかな山の連なりに包まれた山里吉野郷の静かなたたずまいを見渡せます。吉川英治記念館はそんなところにあります。
■吉川英治旧宅草思堂と吉川英治記念館
ここは、吉川英治が昭和19年3月、家族と共に東京赤坂
から疎開し、昭和28年8月まで生活していたところです。 英治はこの家屋敷を"草思堂"と名づけました。
元養蚕農家野村氏の住まいだったもので、幕末に建てられ、 百数十年の風雪を経た建物です。
英治はこの地で敗戦の日を迎え、厳しい反省の時期を過ごし、晴耕雨読の日を送りました。
昭和25年から、英治畢生の大作となり、戦後の文学作品の中でも最も大きな業績となる「新・平家物語」の執筆を始めたのもこの地でありました。近隣を愛し、梅を愛でた英治の心は今も受け継がれ、吉川英治記念館と地元青梅の人との厚いつながりは、今日に到っています。
吉川英治記念館は国民文学作家・吉川英治の名前とその業績を永久に伝えようとの人々の思いが実り、(財)吉川英治国民文化振興会と吉川家、そして英治とつながりの深かった講談社の協力で草思堂邸内の一隅に建てられ、昭和52年に開館しました。
記念館建物は谷口吉郎の設計で、高潔な英治の人柄を象徴し、典雅な中に自然と調和し、"追慕の館"としてふさわしい名建築と評価されています。
■展示室の主な展示品
 
吉川英治の血肉の結晶である「鳴門秘帖」「宮本武蔵」「太閤記」「新・平家物語」「私本太平記」「新・水滸伝」などの作品の原稿。それらの掲載雑誌、初版本などの刊行図書、取材ノート、挿し絵原画。
また文人として名人の域に達した書画(軸・色絵・短冊・額など)。友人や家族との清らかな愛情に包まれた交流のあと。
収蔵品の中から約300点を随時展示替えをしながら、時代を追って展示しています。
さらに、英治が執筆に使用していた離れの洋館(明治半ばに野村氏により建てられた)には、書斎を復元し、巨匠の在りし日を彷彿とさせています。
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