
棹歌
トウカ
- 著: 吉野 光

愛と哀しみの文学!
文藝賞受賞作家の書下ろし特別作品
新橋に、京都五条楽園に、ファムファタール運命の女に魅せられた青春の憧憬!
私たちは源融(みなもとのとおる)の邸跡に立つ大榎の下から、東の小路を抜け、鴨川の土堤に出た。対岸の街の灯で、ぼっと白く浮ぶ歩道を南へ向かって歩くと、川岸の芦に隠れていた残り鴨の群が何となく従いてくるように見えた。歓楽街の灯は家々の軒に隔てられて届かなかった。だが、岸辺には常に楽園の予感がただよっていた。楽園の火と鴨川の水の2つの情緒の広がりの中を、1本の白道が通っていて、私たちを光明の浄土に導くように思われた。
私たちの行手に、ちらちらと黄色い火が見えた。鬼火が踊っている、と私は思った。10余年の間に、まり子は多くの人を鬼籍に入れて来た筈だった。
「純ちゃん、わたし、これまでずっと逢わないようにしてきたのに、今日だけは逢いたいと思った。どうしてか判る?」
私は黙っていた。
「ここなら、川がきれいだからよ。京都は良いわ。――でも、私はきっといつかは、東京に帰って、東京で死ぬわ……」――(本文から)
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書誌情報
紙版
発売日
2001年12月07日
ISBN
9784062109321
判型
四六
価格
定価:2,530円(本体2,300円)
ページ数
368ページ
初出
備考参照