ルピナス

ルピナス

ルピナス

文芸(単行本)

鮮烈な死の再会

雪山に消えた作曲家がピアニストへ残した手書きの楽譜。
2人の音楽家を主人公とした傑作ロマネスク。

「僕は、小指が無いんだよ、ホラ」
と、彼は突然、左手を史郎の目の前に強く生き生きと差し出して見せた。
欠けた小指の断面はつやつやと丸くなっており、史郎へ向けて強く差しだした手全体がかすかに輝いているように見える。
「子供の頃、事故で無くした。それで、楽器はうまく弾けないんだ。今、初見でピアノを弾ける人を捜しているんだけれど」と・・・。
瞬間、厭なところに強引に立ち入られ、曲がりなりにも静かさを保っている心の芯を無神経に揺さぶられたような気がした。
彼も一年遅れて入学しており、史郎とは同い年だった。そのことは知っていた。どこか自分と似た臭いを嗅ぎつけて近寄ってきたという気もした。彼が一年遅れた理由は知らない。それは史郎にとってどうでもいいことだった。―――(本文より)


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書誌情報

紙版

発売日

2002年08月30日

ISBN

9784062113328

判型

四六

価格

定価:1,650円(本体1,500円)

ページ数

140ページ

初出

「群像」2002年4月号

著者紹介