
マイページに作品情報をお届け!
ありがとうを言えなくて
アリガトウヲイエナクテ
- 著: 野村 克也
野村克也が綴る亡き妻・沙知代さんへの愛惜。
まさかお前が先に逝くとは・・・。
生きている間に言えなかった「ありがとう」をいま、伝えたい。
(以下、本文より抜粋)
背中をさすりながら声をかけた。
「大丈夫か」「大丈夫よ」
それが最後の言葉になった。
それから息を引き取るまで、ほんの五分程度のことである。
人間の命とは、なんとあっけないものなのだろう。
あの沙知代がまさか死んでしまうとは。あらゆるものに抗って生きてきた女が、最後の最後、もっとも抵抗すべき死をこんなにもあっさりと受け入れてしまうとは。
これまで沙知代が死ぬことなど想像したこともなかった。病気もほとんどしたことがないし、持病もなかった。死ぬ直前まで、あんなにぴんぴんしていたというのに。
私は口癖のように「俺より先に逝くなよ」と妻に言っていた。返ってくる言葉はいつも同じだった。「そんなのわかんないわよ」と。
極度な心配性の私は、そんなことがあるはずはないと思いながらも、万が一のことを思って妻にそう釘を刺していたのだ。ところが、その「万が一」が起きた。あまりに突然の出来事に、心ががらんどうになった。その状態は今も変わらない。
沙知代を失って、家にも「体温」があることを初めて知った。猫はいつも家の中でいちばん暖かいところに寝ている。今の私がそうだ。この家の中でいちばん暖かそうな場所。それが沙知代の座っていた椅子だ。
家の中の目の届くところはサッチーだらけなのに、おまえだけがいない。
このがらんどうの人生を、俺はいつまで生きるんだろう。
ⒸKatsuya Nomura 2019
- 前巻
- 次巻
オンライン書店で購入する
書誌情報
紙版
発売日
2019年03月29日
ISBN
9784065150405
判型
新書
価格
定価:1,430円(本体1,300円)
ページ数
162ページ
電子版
発売日
2019年04月01日
JDCN
06A0000000000108646L
著者紹介
野村克也(のむら・かつや) 一九三五年、京都府生まれ。京都府立峰山高校を卒業し、一九五四年にテスト生として南海ホークスに入団。現役二七年間にわたり捕手として活躍し、南海の黄金時代を支えた。歴代二位の通算六五七本塁打、戦後初の三冠王などの記録を持つ。七〇年の南海でのプレイングマネージャー就任以降、ヤクルト、阪神、楽天の四球団で監督を歴任。他球団で挫折した選手を立ち直らせる手腕は「野村再生工場」と呼ばれ、ヤクルトでは三度の日本一を達成。楽天でも球団初のクライマックスシリーズ出場に導いた。 入籍した一九七八年以前から生活をともにし、五〇年近く連れ添った妻・沙知代さんが、二〇一七年一二月八日、虚血性心不全で急逝した(享年八五)。