
安部公房とわたし
アベコウボウトワタシ
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「君は、僕の足もとを照らしてくれる光なんだ――」その作家は、夫人と別居して女優との生活を選んだ。没後20年、初めて明かされる文豪の「愛と死」。死であり、伴侶。23歳年上の安部公房と出会ったのは、18歳のときだった。そして1993年1月、ノーベル賞候補の文学者は、女優の自宅で倒れ、還らぬ人となった。二人の愛は、なぜ秘められなければならなかったのか? すべてを明かす手記。 「君は、僕の足もとを照らしてくれる光なんだ――」 その作家は、夫人と別居して女優との生活を選んだ。 没後20年、初めて明かされる文豪の「愛と死」。 師であり、伴侶。23歳年上の安部公房と出会ったのは、18歳のときだった。そして1993年1月、ノーベル賞候補の文学者は、女優の自宅で倒れ、還らぬ人となった。二人の愛は、なぜ秘められなければならなかったのか? すべてを明かす手記。 【目次】 プロローグ 第一章 安部公房との出会い 第二章 女優と作家 第三章 女優になるまで 第四章 安部公房との暮らし 第五章 癌告知、そして 第六章 没後の生活 エピローグ 【本文より】 玄関に脱ぎ捨てられた見なれぬ靴と杖。部屋に灯りがついている。寝室に人の気配。そこには暖房を目いっぱい高くして、羽毛布団にくるまった安部公房がいた。去年のクリスマス・イブ以来の再会だった。 「ホテルまで探しにいったのよ」 「こんなに早く、ここへ帰ってこられるとは思わなかった」 「ここまでのタクシー代は持っていたの?」 「ポケットの小銭を渡して、まだ足りなくてゴソゴソやっていたら、運転手、諦めてドアを閉めて行っちゃった」 「マンションの表玄関の暗証番号、よく覚えていたね」 「玄関前でうろうろしていたら、顔見知りの住人が開けてくれた」 一月の夜の寒空の中、しばらく佇んでいたらしい。 安部公房が、ぽつりと言った。 「新田くんが結婚させてくれるって」