
生活支援の場のターミナルケア 介護施設で死ぬということ
セイカツシエンノバノターミナルケアカイゴシセツデシヌトイウコト
マイページに作品情報をお届け!
病院で死ぬということは、懸命な治療の結果として亡くなるということ。自宅で死ぬということは、住み慣れたわが家で家族に囲まれ、家族の一員として亡くなるということ。それでは、介護施設で死ぬとはどういうことか。介護施設という、当事者以外はなかなか知り得ない現場の実際を、早くからターミナルケア(終末期ケア)に力を入れてきた著者が、赤裸々に語る。終末期の入居者と家族を通して考える看取り方。 【親の生き方・死に方を子どもが選ぶときがくる!】 介護保険が導入されて以降、介護施設で人を看取ることが、 法的にも認められるようになりました。 しかし自分の親のこととなると「世間体が悪い」とか 「最後まで十分な医療を受けさせたい」などの理由から 「最期は病院で」と考える人が多いのが現状です。 本書は、自身が介護部長を務める老健で早くから ターミナルケア(終末期ケア)に力を入れてきた著者が、 介護施設での看取りと医療現場での看取りの違い、 どんなケアが受けられるのか、など詳細に伝えます。 さらに施設での急変時に家族はどんな選択を迫られるのか、悩むのか、 揺れる家族の気持ちに寄り添いながら、より良い選択をするための心構えもアドバイス。 親が終末期にさしかかっている人はもとより、 親の介護のことを考え始めた人、自分自身の最期の迎え方が気になる人、 さまざまな読者に生き方・死に方を深く考えるきっかけを与えてくれます。 介護アドバイザーとして活躍する著者の介護に対する思いやこだわり、 介護施設の舞台裏も垣間見られる一冊。 【本書の内容】 ・介護の現場で人の死を看取るとはどういうことか ・子どもが親を介護施設に預ける選択をするとき ・自宅での看取りは最善の選択か ・ターミナルケアの始まりはいつから? ・施設入居時に私が家族にターミナルの話をする理由 ・口から食べられなくなったときチューブを入れるかどうか ・状態が急変したとき救急車を呼ぶかどうか ・「何もしない」はどこまで可能か ・ときには死後発見になることも ・親の死を乗り越えた先にあるもの
TOPICS

生活支援の場のターミナルケア 介護施設で死ぬということ
発売日:2016年11月11日
病院で死ぬということは、懸命な治療の結果として亡くなるということ。自宅で死ぬということは、住み慣れたわが家で家族に囲まれ、家族の一員として亡くなるということ。それでは、介護施設で死ぬとはどういうことか。介護施設という、当事者以外はなかなか知り得ない現場の実際を、早くからターミナルケア(終末期ケア)に力を入れてきた著者が、赤裸々に語る。終末期の入居者と家族を通して考える看取り方。 【親の生き方・死に方を子どもが選ぶときがくる!】 介護保険が導入されて以降、介護施設で人を看取ることが、 法的にも認められるようになりました。 しかし自分の親のこととなると「世間体が悪い」とか 「最後まで十分な医療を受けさせたい」などの理由から 「最期は病院で」と考える人が多いのが現状です。 本書は、自身が介護部長を務める老健で早くから ターミナルケア(終末期ケア)に力を入れてきた著者が、 介護施設での看取りと医療現場での看取りの違い、 どんなケアが受けられるのか、など詳細に伝えます。 さらに施設での急変時に家族はどんな選択を迫られるのか、悩むのか、 揺れる家族の気持ちに寄り添いながら、より良い選択をするための心構えもアドバイス。 親が終末期にさしかかっている人はもとより、 親の介護のことを考え始めた人、自分自身の最期の迎え方が気になる人、 さまざまな読者に生き方・死に方を深く考えるきっかけを与えてくれます。 介護アドバイザーとして活躍する著者の介護に対する思いやこだわり、 介護施設の舞台裏も垣間見られる一冊。 【本書の内容】 ・介護の現場で人の死を看取るとはどういうことか ・子どもが親を介護施設に預ける選択をするとき ・自宅での看取りは最善の選択か ・ターミナルケアの始まりはいつから? ・施設入居時に私が家族にターミナルの話をする理由 ・口から食べられなくなったときチューブを入れるかどうか ・状態が急変したとき救急車を呼ぶかどうか ・「何もしない」はどこまで可能か ・ときには死後発見になることも ・親の死を乗り越えた先にあるもの