
電子あり
野川
ノガワカワ
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すべて過ぎ去り、しかも留まる。 戦後半世紀余の時空を往還し喧噪の彼方へ耳を澄ませば、幽明の境に死者たちはさざめき生者は永遠の相へ静まる。 傑作長篇小説 お互いにいたわり、助けあって、深みへ入って行く。長い道を二人して来た末に、女の眼がうすく開いて、瞼をちらちらと顫わせ、笑みを浮かべて遠のいていく顔つきになりながら、背にまわした腕に力をこめてくる。大勢の交わりを、ここで交わっていた。済んで並んで仰向けになった後から、女の息がもう一度深くなる。遅れて家中に息が満ちるように聞こえた。それも静まってまどろみかけた頃、あたしたち、こうして、死んでいるのね、もうひさしく、と女はつぶやいた。――(本文より)
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最新刊情報
野川
発売日:2020年06月12日
大空襲から戦後の涯へ、時空を貫く生涯の道。現代文学の最高峰、古井文学の原景をたどる名篇。 急逝した友人が抱え続けた空襲の夜の母子の秘密。狂気をはらむ年上の女との情事に囚われた学生時代の友人。そして防空壕の底で爆音に怯えた幼時の自分。生涯の記憶は歳月を経て自他の境を超え、老年の男の身の内で響きあう。戦後の時空間にひしめく死者たちの声とエロス、現代の生の実相を重層的な文体で描いた傑作長篇小説。解説・佐伯一麦。