文芸(単行本)作品一覧

ひべるにあ島紀行
文芸(単行本)
ケルトの妖精が誘う西の果てアイルランド――幻想と現実が交錯して織りなす魂のタペストリー
『ガリヴァー旅行記』の作者スイフトが生涯抱きつづけた激しい怒り、そしてひとりの女性との「激しい友情」――冬の国(ヒベルニア)=アイルランドからナパアイ国へ、時空を超えてひとの関係のかたちを辿り、存在の哀しみをとらえる力作長編小説。

なんでもない話
文芸(単行本)
変りゆく風景。心に残る記憶。
柔らかい眼差しと爽やかなユーモア。
「目に残る花」「雨の動物園」「仕舞ネコ」「すったて」「ナスの茶筅煮」「お台場の秋」「真夜中のお茶」など身辺のささやかな思いを豊かな感性と美しい言葉で優しく拾いあげた、みずみずしいエッセイ50篇。
なんでもない話は、その時かぎりのこと、目の前の相手と他愛ない会話を楽しんで、喋り終れば、消えるものだ。
毎日のほんの小さな思い、おかしさ、懐かしさ、遠いもの、近いもの、年と共に深く残るものもあれば、薄れてほのかなものもある。
それが本になる。私の気持ちは困ったような照れくさいようなである。――あとがきより

寛永武鑑 本伝御前試合
文芸(単行本)
新発見!
吉川英治による“単行本未発表”長編剣豪小説。
大衆文学の寵児として一躍名を馳せた吉川英治が霜田史光名義で執筆した寛永御前試合の一大絵巻、ついに刊行!
「本伝御前試合」は、講談でも、名題の「寛永御前試合」を下敷きにした剣豪小説だ。
しかしその試合の経過を語るより、そこに至るいきさつ、出場剣客たちそれぞれの修羅――人間模様が描かれており、「銘々伝」の魅力をたっぷり語り伝えているのだ。
その点では「本伝御前試合」は「寛永御前試合」の異色篇でもある。――尾崎秀樹

破線のマリス
文芸(単行本)
第43回江戸川乱歩賞受賞作。
テレビ報道の内幕を抉るサスペンス最高傑作!
首都テレビ報道局のニュース映像編集ウーマン、遠藤瑶子。彼女は、客観的な真実などこの世に存在しない、映像を操る者の主観的真実こそが視聴者を動かすのだと言う信念を持つ。報道被害すれすれの巧みな映像モンタージュを繰り返す瑶子のことを報道局の上司は苦々しく思っていたが、その映像編集が番組の視聴率を上げているのも事実だった。
ある日、瑶子は春名と名乗る郵政官僚から内部告発のビデオテープを受け取る。先日の弁護士転落事故は、実は郵政省内の汚職に絡んだ殺人だという内容だった。瑶子はこのテープをいつものように編集し、上司のチェックをかいくぐって放送したが、その中で「犯人扱いされた」として麻生という郵政官僚が首都テレビに抗議にやってきた。
彼は何者かに弁護士殺しの罪を着せられたのだと主張する。調べれば、春名は郵政省に存在しない人間だった。真実はどこに存在するのか?瑶子は少しずつ自らの罠にはまっていく。

荒南風
文芸(単行本)
拳銃10丁を南アから密輸入した焼津の船頭・彦地秋郎は刑務所内でその拳銃が、強盗殺人事件に使われたことを知る。犠牲者は2人。彦地の凄絶なる彷徨が始まった。 海を捨て、漁を捨てた男が海図なき暗黒世界に残酷非情の殺人犯を追う!

装幀=菊地信義の本 1988~1996
文芸(単行本)
書く人と読む人がであう場所=装幀に未現の嶺野を拓きつづける菊地信義が、20年の軌跡をあざやかに結晶させて誘う1500点の〈本〉の饗宴。
●架空のオペラ
菊地信義氏の方法は、本をテクストとして徹底した読みを企てることである。徹底した読みの果てに、私の「鳳仙花」なら若沖の鳳仙花を、古井由吉氏の「槿」なら朝顔を、さながら本それ自体が描いたスーパーリアリズムのように使用する。その本のスーパーリアリズムとは、本が単に印刷した紙の束でもない、書かれてある文字の意味や象徴の集積ではない、書物であり同時に資本投企された商品であり、高度に成熟した印刷技術や流通を通った、ただ今となっては「本」としか名づけようのないものの隈取りである。ランボー言うところの、宙に浮いた架空のオペラ、それが菊地信義の手によって現前されたこれら、「本」である。

霧ホテル
文芸(単行本)
この世ならぬ逢魔が時の美曼茶羅。言葉の魔術師・赤江瀑が紡ぐ、見果てぬ夢の数々……。 つれて帰ってくださんせ。お江戸へ――。地の果て、海峡の町の幻霧からしのび出た遊女の口説き。法悦と戦慄が織りなす幻想譚12。 日清戦争講和会議の下関へ李鴻章の輿の担ぎ手として来た美青年との一夜恋が転生する「龍の訪れ」。愛した女達の頭蓋骨が月の庭に埋まっている表題作等。

隋唐演義(下)
文芸(単行本)
栄華を誇った大唐帝国も落日の時を迎えた。堂々の完結篇 唐の高祖李淵(りえん)は天下統一後、息子たちの争いに心を痛めるが、次男の李世民(りせいみん)が権力を掌握、即位して太宗となる。太宗は「貞観の治」を行い大唐帝国繁栄の礎を築く。女帝武則天、玄宗、楊貴妃、安禄山など華麗な登場人物に彩られて歴史絵巻はついにクライマックスへ。

ガラスの麒麟
文芸(単行本)
第48回日本推理作家協会賞受賞!
「あたし殺されたの。もっと生きていたかったのに」通り魔に襲われた17歳の女子高生が遺した童話とは……。少女たちの不安定な心をこまやかに描く待望の連作ミステリー
「見てて」ぽつりと直子は言った。「今からテレビであたしのこと言うわ」
「何だって?」テレビはいつの間にかニュースに変わっていた。明るいグレーの背広に身を固めたニュースキャスターが、生真面目な口調で何か言っている。
〈……昨夜、女子高校生が何者かに襲われて死亡するという事件がありました。亡くなったのは同市内にある私立花沢女子短期大学付属高等学校に通う安藤麻衣子さんで……〉
「知り合いか?」
「知り合いって言うのかしら」直子は唇だけでかすかに笑った。……
「あたしが安藤麻衣子なんだけどな」――(『ガラスの麒麟』より)

尼首二十万石
文芸(単行本)
傑出した文体、発想の妙! 女の仇討ちの奥の公儀の秘事!表題作をはじめ、「最後の赤備え」「袖簾」「雨の大炊殿橋」「はては嵐の」等の名品集。 本当の父は誰なのか、本能寺の変の直前、武田勝頼の弟にあたる青年武者武田源三郎は、春の午後、安土の巨城へやってくる――。

ウランバ-ナの森
文芸(単行本)
あの夏、軽井沢で、ジョンは幽霊と便秘に襲われた!注目の新人が描く愛と感動のファンタジー。 悲劇の暗殺、その1年前。世紀のポップスターが遭遇した再生への神秘体験。 奥田英朗は赫(かがや)かしい才能の持ち主である。この美しい処女作『ウランバーナの森』が、読者の書棚の誇るべき記念の1冊となることはそう遠い先ではあるまい。――浅田次郎

サハリン脱走列車
文芸(単行本)
昭和20年8月。戦乱の樺太(サハリン)。運命に翻弄されながらも勁(つよ)く生きる人々の、破天荒な脱出行! 痛快冒険小説。 オォオォと陳メはウメく。イィイィと陳メは唸る。 なぜこの冒険小説がかくも激しく美しいのか。 終戦寸前の一方的なソ連の侵略による樺太と日本を舞台に、時代に翻弄された男と女の冒険行。物語も見せ場読ませ場山また山場、危機また死地の大脱走!だが、だがただオモシロの冒険小説である訳ないのが我らが辻真先。一読二読、背景に情感のスジがビシッと一本通っているのだ。 特筆は役者陣(キャラクタータチ)。一寸の虫にも五分の魂、それぞれひとりはちっぽけな人間でも、意地と気位を通す切ない愛が陳メの目頭を熱くする。 そう、この語り口の歯切れの良いサスペンスフルな物語は〈愛〉。 辻さんの優しさと情感に充ち溢れているのですぞ。──内藤陳

虚構地獄 寺山修司
文芸(単行本)
挑発し続ける「永遠の前衛」の軌跡!
「歴史なんか信じない」と自らの過去も書きかえ、“母殺し”に妄執した時代の旗手の生涯を活写する!
寺山はなぜ、実の母を神聖冒涜し、犯し、果ては“殺した”のか。
寺山はなぜ、競馬で「不運な血統」に惹かれるのか。
寺山はなぜ、『家出のすすめ』を書いたのか。
寺山はなぜ、石原慎太郎や大江健三郎に嫉妬したのか。
寺山はなぜ、三島由紀夫をライバル視したのか。
寺山はなぜ、60年安保のとき、「デモに行く奴は豚だ」と軽蔑したのか。
寺山はなぜ、ヒットラーを崇拝したのか。
寺山はなぜ、演劇実験室「天井桟敷」を旗揚げしたのか。
寺山はなぜ、「あしたのジョー」の力石徹の葬儀を喪主として行ったのか。
寺山はなぜ、映画「田園に死す」で「私の解体」をやったのか。
寺山はなぜ、なぜ、なぜ……。──「あとがき」より

敗戦後論
文芸(単行本)
「戦後」とは何か?いま生きられる場所の深部で「われわれの戦後」と出会い、真にラディカルな思考の回路を拓く力作評論集。
ここで辿られているのは、もしわたしが戦後の問題を考えるとしたら、どういう順序になるか、ということではないかと思っている。……オレは知らないヨ、という無関心を起点に、戦後と戦後責任について考えるとしたら、その順序はこうなる。そういうことをわたしは、ここに、政治と文学と、2つの方向から、2つの論の形で、書いてみたつもりである。(「逆行の弁――『敗戦後論』前史」『本』8月号)

あとは野となれ
文芸(単行本)
芥川賞作家待望の野心的最新作。 古今東西の「野」を遊行する、野ざらし思考小説。 あらゆるコウインシデンス(偶然の一致)を書き留めた、略称「デンス手帳」を小脇に抱え、『ジェイムズ・ジェイス伝』と『ねこまた、よや』という2冊の本を読み進めながら、言語遊戯の“言海灘”を横断しつつ、「野」にわたる風のように人間の哀しみに触れる“私”の傑作長編。

銀行屋研次郎事故簿(下)
文芸(単行本)
銀行の特殊任務を帯びた有能な男の物語。 とどまることのない経済犯罪。銀行の恥部を知悉(ちしつ)する著者の傑作小説。 本書は銀行の特殊な部分の仕事をしている有能な人物の記録である。こういう人物は、各銀行、証券会社その他に、必ず1名ないし2名いて、不幸にも毎日仕事に忙殺されている。 たしかに、彼は銀行に所属してはいるものの、まともな金融マンでも銀行員でもない。しいて言えば、「銀行屋」である。――(「あとがき」より)

銀行屋研次郎事故簿(上)
文芸(単行本)
どの銀行にも必ず1人か2人いる男・銀行屋。 多発する金融犯罪。銀行の最暗部に肉迫する著者会心のピカレスク。 本書は銀行の特殊な部分の仕事をしている有能な人物の記録である。こういう人物は、各銀行、証券会社その他に、必ず1名ないし2名いて、不幸にも毎日仕事に忙殺されている。 たしかに、彼は銀行に所属してはいるものの、まともな金融マンでも銀行員でもない。しいて言えば、「銀行屋」である。――(「あとがき」より)

ストレンジ・デイズ
文芸(単行本)
村上龍最新長編小説。 絶望から狂気へ向かっていた反町は深夜のコンビニで天才的な演技力を持つ無名の少女に出会う。彼女は巨大なトラックを運転し、血管の中に虫を飼っているのだと言った。 二人の、「ストレンジデイズ」(奇妙な日々)が始まる。果てのないロールプレイの、ゲームではなく、現実の日々……。 ●春は嫌いだ。と反町公三は思った。 毛虫に刺されたのもオフクロが十二指腸潰瘍になって入院したのも懸賞で当たったペレのサイン入りサッカーボールを失くしたのも自転車で坂道を下っていて犬の死骸にハンドルをとられ白菜畑まで飛んで転がり目の下に傷をつくったのも上級生に体育館裏に呼び出され殴られた上にオヤジに買って貰ったばかりのシェーファーの万年筆をとられたのもたて続けに受験に失敗したのもハシシで警察にパクられたのも初めてうつ病といううっとうしい病気になったのも季節は全部春だった。そして、今も春だ。窓ガラスの向こうに雨が降っているのが見える。桜の花びらが何枚かガラスに貼り付いていて反町公三の家の庭には桜の木がないからどこか他の家か並木のある表の通りから飛んできたものだろう。本の形をしたカミュのコニャックを飲みながら、反町公三は窓ガラスに映る自分の顔を眺め、春に起こったイヤな出来事の一つ一つを思い出して、それでも今のこの状況が最低なのではないかと考えた。――本文より

紅顔
文芸(単行本)
歴史に秘された純愛を描く傑作。 最大の裏切り将軍呉三桂と美女円円。清新な筆力が躍る明末の激動と純愛! 明の末期、呉三桂は、明を倒して都を占拠した李自成軍に妾の陳円円を奪われたと聞き、守っていた山海関を開き清軍を招き入れた。結果、彼は売国奴との汚名を残し、円円は傾国の美女の名を留めることとなる。 この物語の準備をする過程で、私は呉三桂という人物に惚れてしまったらしい。私は失敗をし悪事を働いた(とされる)人間の、その悪さや弱さの方をいとおしく感じてしまう。気がついたら、大望を抱いて破滅する男の物語を書いていた。 女は品行方正な正義の味方にばかり惚れるわけではない。『紅顔』は、私が初めて書いた純愛小説と言わせてもらおう。──井上祐美子

フルネルソン
文芸(単行本)
「先生……女って、何を考えているんですか?」 昭和39年、東京オリンピック。私立高2年の浩二はレスリングに汗し、電車でナンパした美少女への思いに悩む。巣立っていく友、父の病、そして初体験──成長していく少年の姿を描く自伝的青春小説。 昭和39年に16歳だった高校生の春から秋にかけての物語である。レスリングの練習に夢中になり、突然やる気になるかと思えば日常茶飯事のように落ち込み、背も伸びて、失恋もするが、どことなく健気に将来を夢みていたあの頃が、ただ、ただ、なつかしい。そして、16歳の多感な時期に、東京オリンピックが重なったことの幸福を思うのであった。――(「あとがき」より)