文芸(単行本)作品一覧

倒錯者
文芸(単行本)
もっと恥ずかしいことをして。
女の小陰唇のピアスをつまんで引っぱる。女は嗚咽(おえつ)をこらえているような声をもらす……。快楽を追求する性の冒険者たち!
「窓ぎわに立ってくれないか」うしろから躯で日佐子を押すようにして、荒木が言う。日佐子はドキリとする。窓のカーテンはすっかり開け放たれて、眩しいほどの日差しがさしこんでいる。向かいのビルの窓に、オフィスらしい眺めが各階に重なって見える。そこで立ち働いている人の姿も小さく見える。
「どうするの、窓ぎわで」
「きみと舐めっこするのさ」
「外から見えちゃうわよ」
「だから面白いんじゃないか。そう思わないか」──(本文より)

予定時間
文芸(単行本)
芥川龍之介のみた漢詩の世界=中国と戦争という極限状況の狭間に、揺るぎない「性根」を求めて
上海租界を舞台に、スパイ事件に巻き込まれ時代に翻弄されながらも人間として、報道人としての矜持を貫き通した男と女の友愛のかたち
自分を探す記憶の旅
外からみるとリタは、男から男を渡り歩く節操のない女に思えた。が、寝起きを共にしてみると、リタは純粋な女だった。1つ部屋に暮しながら、2人の仲には何事も起きなかった。期待する思いはあったが、肩も胸も薄い、体を絞って咳をするリタをみていると、憐れが先に立つ。いつか、回復を待つ気になっていた。
……
そのうちリタの気持は穏やかに、落ち着いたのだろう。わたしたちは、抱きあって眠るようになった。わたしの腕を枕にして眠っていたリタが、ある朝目覚めて、こんなに深い眠りがあったのね、といった。わたしの自惚れだろうか。リタの生涯で、もっとも安らかな時期ではなかったか、と思う。――本文より

桂籠とその他の短篇
文芸(単行本)
大石内蔵助と荷田春満(かだのあずままろ)の秘められた友情!
異色忠臣蔵の「桂籠」をはじめ、釣と武士道の「釣って候」、羊羹と侍の道を描く「羊羹合戦」等、知られざる侍の美を見据えた秀作集!
私にとって、旅は小説のふるさとなのかもしれない。
「桂籠」のヒントを得たのは、冬の京都を訪れたときである。京都の伏見稲荷の境内で、荷田春満旧宅の案内板を見た。そこには、国学の創始者として知られる荷田春満が、赤穂浪士の討ち入りを手助けしたと書かれていた。まさかと思い、文献を調べているうちに、物語が胸のなかであわあわと膨らんでいった。
――その後、桂籠は好事家のあいだを転々とし、現在は神戸市の香雪美術館に収まっている。――[あとがきから]

藍色回廊殺人事件
文芸(単行本)
深い深い感動を呼ぶ内田文学の金字塔
浅見光彦は「四国三郎」を救えるか?
「四国のシンボル・吉野川がいま死のうとしている……」浅見光彦が徳島で出会ったのは、河口堰に反対する人々の悲痛な叫びであった。吉野川を遡るようにして辿り着いた、12年前の殺人事件。その恐るべき真相とは?
「殺される」というメッセージを残して、男と女が徳島・祖谷渓(いやけい)の谷底に消えていった。
それから12年──。いま、徳島県の吉野川河口堰建設計画は、地元住民を二分して、論争が白熱化している。
その渦に巻き込まれた浅見は、計画の経緯を遡るうちに殺人事件との接点に気づいて……。
「藍色回廊」と名付けられた吉野川の美しい自然をめぐって、欲望と愛憎が交錯する中、浅見光彦の推理が冴える。

真幸くあらば
文芸(単行本)
死刑確定──その日からみんなの心が1つに!
絞首台(バタンコ)の日がすぐそこに。初めて人を愛することを知った若き死刑囚は獄中養母と秘密通信。教誨師、看守、実母も国家に奪われる命の意味を噛みしめる。
淳より
1992年5月1日。
少し急ぎます。
この頃、病的な食欲でかえって疲れています。でも、この短い通信にふさわしくないので、カット。
決して泣きを入れて、気を引こうなどと思いません。今朝の9時頃、8人か9人の靴音が舎房全体にいっせいに轟き、ぎくりとしました。代議士か法務省の偉い人の視察みたいなものでしょう、肝臓が汗を垂らしてちょっぴり小さくなった感じです。だから、急ぎたいのです。
正直いって茜さんの告白は、はじめ驚きました。次に、情けない人間同士という感情がでてきました。そして、いまは、そうやって悶悶とする茜さんがもっと好きになりました。おれの場合、男として女の人を、から、それを含んで、人間が人間へという気持ちが人間へという気持ちです。
聞かせて欲しい。好きになってはいけないのかと。
返事を、早く、早く知りたい。
「茜」より
’92・5・14
いまは答えられないのです。
許して。

変身放火論
文芸(単行本)
人はなぜ火を放つのか? 『八百屋お七』から『ノルウェイの森』まで、古今の文学に匿(かく)された「放火」の系譜を追い、日本人の魂の修羅に出会う異色傑作評論。ーー放火への願望、放火への逃避、放火への陶酔……。
「火事になればまた吉三に逢えるという因果律でお七は放火したのでしょうか。胸の奥に恋と火とが燃えており、その火をお七はヒョイとどこかへ(一説によると梯子箪笥の中へ)投げいれたのではないでしょうか。お七の火は情熱の変身したものでした。」(「八百屋お七」より)

いつのまにやら本の虫
文芸(単行本)
「1カ月に何冊ほど読めば、本の虫であるか」
数は関係ないだろう。好きの度合いだろう。
おそろしいほどの量を買いこみ、それを眺めて悦に入っている。こういう人は本の虫といわぬ。
古本屋は、本のぬし、と呼んでいる。
三島由紀夫はつげ義春の漫画を読んでいた!?
24歳で亡くなった立原道造の蔵書は2000万円!?

アルペジオ
文芸(単行本)
女は拳銃に運命を、警官は音楽に人生を賭けた。
女は夢みた結婚生活が夫の暴力で破綻し、家を飛び出した。
男は警視庁音楽隊でクラリネットを吹いている。
違う道を歩んできた2人の人生が、いまアルペジオ(分散和音)を奏でる。
新境地を拓く書下ろしサスペンス野心作!
「そういえば、良介さん、いま警察にいるって知ってる?」
どきっとした。垂水良介。大学2年の夏まで、1年間あまり交際していた男だ。
「警察官なんて、意外よね。良介さん。音楽好きでもの静かな感じだったでしょう?」
あの細くてしなやかな指でクラリネットのリング・キイを押さえていた良介と、警察官という職業とが結びつかなかった。――本文より

はやぶさ新八御用帳(九)王子稲荷の女
文芸(単行本)
大晦日の王子稲荷に現われた不吉な狐火と白い着物の女。そして正月早々、殺人事件が……。どこにも死体が見当らない奇妙な事態に、狐の仕業との噂もとび出した。──表題作ほか6編。
●「はやぶさ新八御用帳」登場人物
・隼新八郎──根岸肥前守直属の家臣。南町奉行所内与力。
・根岸肥前守──南町奉行。新八郎の主君。
・お鯉──根岸肥前守の侍女。新八郎とは、かつて一夜を共にした。
・大久保源太──定廻り同心。仕事熱心で、新八郎とは刎頸の交わりを結ぶ。
・鬼勘──湯島の名岡っ引、勘兵衛の呼称。今は隠居の身。
・小かん──鬼勘の娘。本名はお初。男まさりで口八丁手八丁。
・藤助──駒込の岡っ引。大久保源太を通じて新八郎をを知り、今では一の子分の気でいる。

野菜讃歌
文芸(単行本)
静かな感動と深い余韻
家族と友を想い、新たなよろこびを探し、散歩を楽しむ。多摩丘陵の家での妻と2人の穏やかで安らかな日々。
野菜が好きで、よく食べる。身体にいいからというのでなくて、おいしいから食べる。年を取って、ますます野菜が好きになったような気がする。好きな野菜のことを書くのに、何から始めたらいいだろう?順位をつけられない。どの野菜がいちばんということはない。どれもみな、いい。
ほうれん草。小松菜。次は大根。白菜、玉葱、葱、大根、さつまいも、それがみなおいしい。――本文より

御手洗潔のメロディ
文芸(単行本)
天馬空を行く御手洗潔のハーヴァード大時代の怪事件からストックホルムでの活躍まで――。天才・無垢・孤独
一般に言われるように天才とは孤独なものであるらしく、と言ってもこれは情緒的な意味あいでなく、現実的、散文的な意味あいで言っている。
(中略)
ともかく大学の新入生時、御手洗はボストンの街中に下宿して、アメリカ有数の有名大学に通っていた。まだ真の悲しみも怒りも知らない無垢な頃さ、と御手洗は謎のような言葉を私に吐いた。――(本文より)

寝ずの番
文芸(単行本)
笑いは闘いだ
抱腹絶倒の傑作短篇9本立て中島らも最新笑説集!
師匠が死んだ。
100年に1人といわれた咄家(はなしか)橋鶴、最期までオチをつけてのあの世行きだ。今夜の通夜は酔った者勝ちの無礼講、何も起こらないわけがない!?必笑の「寝ずの番」3部作のほか、「えびふらっと・ぶるぅす」「逐電」「グラスの中の眼」「ポッカァーン」「仔羊ドリー」「黄色いセロファン」……笑いのアナーキスト、らもテイスト満喫の全9篇。

謎解きが終ったら
文芸(単行本)
ミステリ界の最先端に近づくためのテキスト
「法月綸太郎シリーズ」でおなじみの著者、初の評論集。共著の『本格ミステリの現在』は今年度日本推理作家協会賞を受賞しており、その実力は折紙つき。
本書のタイトルは、ドアーズ初期の名曲「音楽が終ったら」をもじったものだ。《ミステリーはきみのかけがえのない友なのだから/それが仕向けるまま炎のように踊れ》。これが評論や解説を書く時の、私のモットーである。――本文より
ミステリーの沃野から虚空へ投げかけられた怜悧なまざし。――奥泉光

神の海
文芸(単行本)
神秘家の心の奥深くへ
太陽王ルイ14世親政下のフランス・ヴェルサイユ宮廷文化華やかなりし時代、御出現によって「心」を広めよという命を受け、神への愛に身も心も献げ尽くした聖女マルグリット・マリの生涯。
存在そのものの根底が神と直結していることを本能的に感知していた人たち(中略)が、自身の内を覗き込むと、海が見える、と、まず言っておこう。海というたとえがぴったりするような、なにか大きな波打つ空間とでもいったもの。根底から、波打ちながら大きなものが来ていて、その全体が自分という1つの存在を、一瞬また一瞬と絶えまなくここに在らしめている。
そのような遠い深い広いものを、筆者は神の海と名づけてみたい。――本文より

ハリネズミの道
文芸(単行本)
露伴、文、玉――そして奈緒幸田家の新しい感性がデビュー
美しい季節が巡る南ドイツの学生寮で、心ひらいて語りあった友とのふれあいとかけがえのない青春の時
●なつかしいあの頃
もうかれこれ10年も前、私は1人でドイツへ、そしてオーストリアへ飛んで行った。自分がいるのは遠い異国と感じられ、徐々に外国で過ごす時間の方が長くなっても、日本からやって来ているという意識があれば、それは心の中でいつも束の間の外国生活のつもりだった。日本も、ドイツも近くなった。まさに10年ひとむかし。再現してみるには丁度いい頃合いかと思われた。――あとがきより

愛の炎(下)
文芸(単行本)
破局へ向かう結婚生活の一方で、新たに強まる愛と生命の絆。愛のありようを探る見事な長篇!
愛の歓びに輝く女と男
漆黒の空には白い月が浮かび、風の涼しさには秋の気配が感じられる。その風に靡いて、伸びはじめた薄が波立つ海面のように揺れた。
部屋に入るなり、次郎はよう子を抱きよせた。その腕の力に負けないほど強く、よう子も次郎の背中を抱きしめた。「逢いたかった……」「……私も」
2人は縺れるようにベッドへ倒れこんだ。
今のよう子は明らかにこれまでのよう子とは異なっている。躊躇、自制心、羞恥心といったものがなくなっている。よう子だけではない。次郎もまた挑むようにはげしくよう子を求めている。初めて結ばれた時はぎこちなさがあった2人が、今は貪りあっている。──(本文から)

愛の炎(上)
文芸(単行本)
『もう頬づえはつかない』から20年、真の充実を求めて都会を去った男女を描く傑作恋愛小説!
愛は普通の生活を壊す!
『愛の炎』には他にも、ちょうど20年前のデビュー作『もう頬づえはつかない』で描いた男女の三角関係を、さらに発展させた日野原猛、よう子、鷲津次郎を巡る恋愛模様や、またその後私の関心の中に入ってきた自然、風土、夫婦、親子関係、芸術、金銭といった問題も描いている。『愛の炎』は期せずして、20年間細々ながら書きつづけてきた私の節目のような作品となった。
小説とは、いや小説家とは、虚構という卵を抱きつづけ、根気強く孵化させる親鳥のようなものである。ひょっとすると小説家の上に流れる歳月こそが、その小説家にとっての最大のテーマかもしれない。

おしゃべり怪談
文芸(単行本)
いつもは見えない心のほころびに、そっと触れる短篇小説集
私は今日900個くらい嫌なことがありました
退屈ですか?怖いですか?案外愉快ですか?ラブリーかもしれないけど少し切ないような気もします――ふだんは見えない心の綻びをリリカルに描く大型新人登場。
●藤野千夜の主人公たちは女の子のダンディズムを感じさせる。電話での長話みたいに何でもいっちゃう小説が多いなか、彼女の作品は、留守番電話に吹き込まれたメッセージのように、端的で、すがすがしい――斎藤美奈子氏
●藤野千夜の「ラブリープラネット」は楽しめた。この作品は世間が障害や歪みとしかとらえない存在を、苦笑や哄笑とともに受け入れて、そこに揺れ動くナイーブな神経を温かく慈しんでいる。いうなれば秩序が崩壊したその先から、戻ってきた目線で描いている。おどろおどろしさではなく、優しさによって性のアンバランスがすくい取られているところにこの作家の一種の未来性を感じる――清水良典氏

ドイツを読む愉しみ
文芸(単行本)
精神の欲求と憧れをもつことその悦びと安らぎ
ドイツの音楽と文学に魅せられたエッセイ集
この50年のあいだ、世の風潮は、ドイツなるものの観念性、理屈っぽさ、現実や外部の喪失、表現の佶屈と不透明を非難、否定することが多かった。しかし私はそれに同調する気持ちになったことは、まずなかった。種々の難点弱点をかかえてはいるだろうが、ドイツの文学と音楽は私によく波長が合い、私は精神の勇躍と安らぎを得ることができたからである。
「精神的な欲求と憧れをもつこと、それはすでに安らぎだ」――一言でいえばそんな思いを、この本に収めた各篇は変奏しながら語っている筈である。――あとがきより

寂聴対談集 わかれば『源氏』はおもしろい
文芸(単行本)
瀬戸内寂聴『源氏物語』対談集
現代女性の愛の悩みを、紫式部が千年前に求めた幸福に通底すると『源氏物語』の専門家たちが喝破(かっぱ)。
●『源氏』の魅力をさらに引き出す対談者
・暉峻康隆/千年前の「女」たち
・柴門ふみ/恋愛に嫉妬はつきもの
・丸谷才一/「最古の長編小説」を全人格で読む
・永井路子/二十世紀最後の『源氏』訳
・馬場あき子/源氏、恋のまんだら
・俵万智/今も昔も恋こそ人生の原動力
・橋本治/今読んでも新鮮な魅力
・石踊達哉/言葉と絵の競艶
・林真理子・冨田勲・篠田正浩/永遠のラブロマン