講談社現代新書作品一覧
選び取る「停年」 四五歳の自分発見
講談社現代新書
停年=自ら選びとる退職から充実した生を.企業に勤める人間が避けて通れない定年.その日がくるまで漫然と一企業内に人生を封じ込める愚.リタイヤ=新たな出発のためのヒントと豊かな後半人生への提言.

ヨーロッパ「近代」の終焉
講談社現代新書
「近代」の旗標の下、世界史をリードしてきたヨーロッパに起きている大変動。東欧市民革命、ソ連の消滅、EC統合……。合理主義、ヒューマニズム、科学への信頼など、「近代」を支えた価値のゆらぎと行き詰まりの中で、ヨーロッパはどこに向かうのか? 歴史の読み直しを通して新たな座標軸をさぐる。
問い直される「近代」――人類の歴史は、まことに自由拡大の歴史であった。その歩みは、ひとときも留るところを知らず、飽くなき前進を続けてきたかにみえる。むろん、ときに歩調を速めることもあったし、停滞することもあった。そして、長い曲折を経て、ひとつの到達点を示したのが「近代」という時代であった。「近代」は、自由を、人類のめざすべき目標のひとつとして、自覚的に提示してみせたのである。だが、終局と思われたその到達点も、じつは悠久に続く長い道行のなかの通過点、里程標にすぎないことがはっきりしてきたのである。「近代」の示したさまざまな試みが、有効性のすくないことを認められつつも、幾重にも纏った信頼感の衣が綻び始め、いま問い返しが迫られるようになっているからだ。――本書より

世界自動車産業の興亡
講談社現代新書
自動車を制する者が世界を制する。フォードシステム、商品差別化、ジャストインタイム方式──「史上最も複雑な商品」の覇権をめぐる熾烈な戦いを描く。
ことばの未来学 千年後を予測する
講談社現代新書
新歴史言語学の立場から描く日本語の未来像タ行ダ行は15世紀以前の日本語と同じに,アクセントは型を減らし母音の無声化が増える.言語自身に内在する能力の分析から,音韻を中心に未来を予測した力作.

アラブとイスラエル パレスチナ問題の構図
講談社現代新書
宿命の地=カナン(パレスチナ)を舞台にくり返された、長く根深い対立の歴史。流血の抗争はなぜ起こったのか? 宗教や民俗紛争、石油資源をめぐる思惑、難民問題など、複雑にもつれた中東問題を、国際政治のダイナミズムの中に位置づけ、解明する。
パレスチナ人とは?――パレスチナ人は、国を持たず、アラブ世界で常に差別されてきた。表面上はアラブの大義という看板の下で受け入れられても、内心ではけっして仲間うちとしては扱われてこなかった。またパレスチナ人は、国による保護を得られないため、個人の努力、そしてパレスチナ人同士の団結によって人生を切り開いてきた。ある国から追放されるようなことがあっても、命ある限りけっして奪われることのないものに投資してきた。つまり教育であった。
パレスチナ人の勉強熱心はアラブ社会では際立っている。パレスチナ人は、医者であり、作家であり、画家であり、弁護士であり、大学教員であり、ジャーナリストであり、研究者である。――本書より
黄金郷伝説―エル・ドラ-ドの幻
講談社現代新書
南米の黄金郷に夢を追った探検者たちの物語インカ,エル・ドラ-ド,アマゾン,マノア‥‥.幻の黄金郷に富を求めた探検者達と南米に夢を追った科学者達の物語を,黄金仮面の発掘で知られる孝古学者が活写

青年期の心-精神医学からみた若者
講談社現代新書
子どもからおとなへの過渡期……友達に囲まれ明るく過ごすこともあれば、自己を見失い、深刻な悩みの淵におちこむケースもある。親―子、自―他、愛―性……多様な課題をはらむ現代の青年の内実を、心理・病理の面から考察。
モラトリアムを楽しむ――高学歴化や管理社会化がすすんだにもかかわらず、若者たちはきわめておとなしく扱いやすくなったように見える。青年たちはもはや、こうした状況に異議申し立てをしようとはしない。かれらは、あまり早くおとなになろうとはせず、むしろ長くなったモラトリアムを楽しんでいるようにも見える。放送世論調査所の調査によると、中学高校生の多くは、「あまり早くおとなになろうとは思わない」と答え、その理由として、「おとなになることがなんとなく不安だから」「子どもでいる方が楽だから」などという理由をあげている。こうした変化にたいして、〈青年の幼児化〉という指摘がなされている。しかし、重要な点は、社会のしくみに若者のパーソナリティが適合してきた結果と見ることができる。――本書より

「覚り」と「空」-インド仏教の展開
講談社現代新書
ブッダの覚りとはどのようなものか? 入滅後、部派分裂の中で尖鋭化するアビダルマ哲学。勃興する大乗運動と、中観・唯識による「空」の思想。釈尊から衰亡に至るまでのインド仏教の歩みをたどる。
説法への決意――この梵天勧請の話は我々に、本当に釈尊の教えを聞こうとする覚悟はあるのか、と問いかけてくるものである。釈尊の教えは、世間的な欲望を微塵も充たすものではありえない。我々がふつうあると思い、愛着している自我を、根底から解体せずにはおかない教えでもある。それは、もしかしたら人々を害し、傷つけるかもしれない。むしろ人々の想いにさからい、精神の安定を妨げるかもしれない、そういう教えなのである。それでもあなたは聞きたいというのか、とこの話は我々に、その覚悟のほどを問いかけているものである。――本書より

交響曲の名曲・名盤
講談社現代新書
ワルター指揮の「40番」が描くモーツァルトの幻想的な世界。また、クナッパーツブッシュの「第8」にはブルックナーの浄福の境地を聴く――。あまたのCDの中から音の豊穰・交響曲の名盤を選りすぐり、それらが作り出す音楽的感動の深さを語る。
モーツァルト・交響曲第25番ト短調――モーツァルトは短調の交響曲をたった2曲しか書いていない。しかも両方ともト短調である。「第25番」と「第40番」だが、人は前者を〈小ト短調〉と呼ぶ。僕は現在、モーツァルトの数多くの交響曲のなかで、この小ト短調を最も愛する。もちろん大きいほうのト短調も「ジュピター」もすばらしいが、「第25番」はコンサートで演奏される機会が少なく、CDもあまり出ていないので、新鮮味のあるのが大きな理由だ。しかしけっしてそれだけではない。17歳のモーツァルトが音楽に封じこめた青春の嵐は、とてもただごとではなく、その内容の濃さ、その果てしない魅力とともに、われわれの心臓をギュッとつかんでふりまわすようないのちを湛えているからである。それは遠い18世紀のかなたから響いてくる音楽とは思えない。まるでたった今生まれたような、フレッシュなメッセージにあふれているのだ。――本書より

ユダヤ人とドイツ
講談社現代新書
不幸なユダヤ人大量虐殺は、なぜ起こったのか? 排除――依存の二面性のなかでゆれ動いたユダヤ人とドイツの錯綜した緊張関係を歴史的に検証し、過去の直視と克服がいかに可能かを模索する。
過去の直視と克服――終戦後、ナチの残虐行為が全世界に知れわたった時、ドイツ国民は「ドイツ人であること」をこの上なく恥じ、くさいものにはふたをし、一日も早く忘れ去ろうとした。ドイツの学校でもこのテーマはタブーとされ、ほんのわずかしか取り扱われなかった。しかし、1979年1月、アメリカ映画「ホロコースト」がテレビで放映された時、初めてドイツ国民は大きなショックとともにナチ時代における残虐行為の全貌を知ったのである。ドイツ人にとって、明らかに情報不足があった。これとともに広まった加害者意識は、過去の問題を隠すことなく、それに真剣に取り組もうという勇気を生みだした。……それは、ドイツ国民の罪や責任云々よりも、「過去の直視と克服」の問題である。――本書より
江戸の無意識 都市空間の民俗学
講談社現代新書
江戸=都市空間はなぜ視線の対象とされたか18世紀以降のおびただしい地誌・民俗誌の生産.『八犬伝』の想像的始源空間の意味.江戸下層民の病んだ無意識とその治癒の構造から都市空間に潜む権力性を暴く

イギリス貴族
講談社現代新書
政・官・軍のリーダーとして大英帝国を支えつつ、宏壮な邸宅では社交、狩猟、スポーツに熱中――空前の豊かな生活を送った活力あるエリートたちを描く。
広大な領地――「お宅の敷地はどのくらいあるのですか」と尋ねられた貴族は、「わが国境はあの山の向こうのそのまた向こうの……」と答えた、こういう話を聞いたことがある。実際、貴族の所有している土地は広大な面積にのぼるものであった。たとえば今を去ること120年前の1870年代、つまり、かの大英帝国真っ盛りの時期に、なんと700年ぶりに土地所有の調査がおこなわれた。そしてこのとき明らかになったことは、イギリスがいかに大土地所有制の国かという点である。まずイングランドとウェールズにおいて、400人の貴族が全所有地の17%にあたる572万8979エーカーを所有していた。1エーカーは約1200坪だから、大変な広さの所有地である。……そしてこれらの所領が時代とともにふえたり、あるいは減ったりして今日にいたるわけだが、それにつけても思うのは、わが日本国と比べてなんとスケールの大きなことよという点である。なにしろチャールス皇太子が地主となっている土地の広大さは、東京23区の面積に相当するというのだから、いくら身分が違うとはいえ、呆然としてつばも出なくなる。――本書より

これからの「老い」―老化の心理学
講談社現代新書
自分はいま人生の行程のどこにいるのか。「老人」にはまだ間があると思っていてもさまざまな老化のサインが送られている。それらをどう受容し、豊かな高齢期をどう準備するか。人生上の自己確認、子・孫に対する姿勢、楽しみの創造、ぼけの予防など、よりよい加齢のための提言。
高齢者についての知識――各文章を読んで(略)チェックして欲しい。
(1)65歳以上の人の中で、90歳以上の人の占める比率は10%前後である。正・誤
(2)大多数の老人は70歳を越える頃からぼけ始める。正・誤
(3)少なくとも1割の老人は養護老人ホーム・特別養護老人ホームなどに長期に入所している。正・誤
(4)ほとんどの老人は自分の型にはまっていて、それを変えることが難しい。正・誤
(5)大多数の老人は社会的に孤立している。正・誤
(6)75歳以上の男性の約半分は1年間に1日も病床についていない。正・誤
(7)年間に死亡する日本人の約70%は65歳以上の人である。正・誤
(8)肉体的な力は老人になると衰えがちである。正・誤
(9)65歳以上で自動車を運転する人は若い人より事故を起こす率は低い。正・誤
(10)およそ8割の老人は健康で、ふつうの生活を送るのに差支えない。正・誤
(11)老人は何か新しいことを学ぶのに、若い人より時間がかかるものである。正・誤――本書より

デパ-トを発明した夫婦
講談社現代新書
19世紀半ば、パリに産声をあげた、世界初のデパート〈ボン・マルシェ〉。衝動買いを誘うウィンドウ・ディスプレイ。演奏会、バーゲンなど集客戦術。〈必要〉から〈欲望〉へと、消費のキイワードを一変させた天才商人、ブシコーとその夫人の足跡を追う。
「白」の展覧会――大売出しの始まり――バーゲンの終わった1月下旬のある寒い日、売上げの落ち込みを回避する方法はないものかと思案しながら窓の外の冬景色をぼんやりと見つめていたブシコーは、空から降ってくる粉雪に目をとめた。その瞬間、「白」という言葉が頭にひらめいた。業界用語では、白(ブラン)とは、リンネルや綿布などの白生地を使ったワイシャツ、ブラウス、下着、シーツ、タオル、テーブル・クロスなどのことを指す。ブシコーは、暮れの大売り出しと年頭のバーゲンのあと、春物を売り出すにはまだ寒いこの時期に、季節商品とは関係の薄いこの「白物」を集中的に売り出すことを思いついた。かくして、2月の初め「エクスポジシオン・ド・ブラン」と銘打った「白物」の大売出しが始まった。それは、エクスポジシオン(展覧会)というにふさわしい、ありとあらゆる白生地商品のオンパレードで、店内の多くの売り場がこの商品の展示のために使われ、店内はまさに白一色の銀世界と化した。――本書より

精神病理からみる現代思想
講談社現代新書
離人症における自明性の解体、分裂病が示す自他認識のエポケー、失語症にみられるシニフィアンの交錯など、精神病理を題材に、現象学、フロイトから、ラカン、デリダへと至る、現代哲学にアプローチ。
意味=ロゴスを疑う――フロイトが自我に対して無意識をもち出してきたとき、すでにそれは、「純粋自我」とか「純粋な私」といった近代特有の思想的前提が、いかに疑わしいものであったかを告発しているのだ。同様にわれわれはまた、純粋な「現在」とか純粋な「意味」というものの存在根拠をも、根本から疑ってみる必要があるのではないか。……意味の純化はすでにひとつの暴力にほかならない。それはフーコーが見事にあばいて見せたように、いつか必ず「ヒューマニズム」の名のもとに、そのテリトリーに属さぬものを「病者」として抑圧監禁する、暴力的本性を露わにしてくることだろう。繰り返し言っておこう。われわれはハイデッガーやデリダやラカンのために近代批判や形而上学批判をするのではない。たんにその必要があるからそうするのだ。――本書より

故事成語
講談社現代新書
人生禍福のとらえがたさを示す「塞翁が馬」、滅びゆく美しきものを惜しむ「佳人薄命」、政治的心理の恐ろしさを表わす「狡兎死して良狗烹らる」、恋人同志を結ぶ“赤い糸”の出典「月下氷人」。悠久の中国が生んだ風格ある言葉の森を歩き、人生の底知れぬ奥行を読み味わう。
故事成語の国、中国――中国は文字の国といわれているが、ある面ではそれを、故事成語の国といいかえることができるであろう。三千年の久しきにわたって、中国の人々は絶ゆることなく厖大な文籍の山を築いてきたが、それとともにおびただしい故事成語をも生んできた。旧時代の知識人は、文字通り故事成語の洪水の中を泳ぎまわるような生活を送っていたといっていいが、その伝統は今日でもなお脈々と生きており、知識人の条件の一つに、成語を自在にあやつることができるかどうかをあげてもいいほどである。故事成語こそ、まさに中国語の中の精華であり、またおそらく世界の多くの言語の中でも独特の風格をもった、中国語特有のものといえよう。故事成語はまた、いにしえの人々が悩み、苦しみ、喜び、悲しみ、愛し、争った実際生活の中から生まれたものであり、長い歴史の試煉にたえ、無数の人々の共感を得て生き残った中国人の霊魂ともいうベきものである。――本書より

はじめてのドイツ語
講談社現代新書
ドイツ語は明快な詞。綴りと発音のシステム、名詞・冠詞・形容詞の対応、単語や文章のもつ、堅固で自在な「枠構造」。ほどよい文法秩序に示される、ドイツ語の正性格構造的に理解する。
集合名詞Volkの力――1989年12月のベルリンの壁崩壊のわずか2ヶ月前のことですが、ライプツィッヒで民主化を要求する大規模なデモ行進が起きました。このとき掲げられたスローガンが、Wir sind das Volk.(我々が人民だ)でした。……Wir sind~という表現は、官憲が威嚇的にみずからの所属や権威を明らかにするときに使われるものです。かつて旧東ドイツを車で旅したとき、突然、何人かの警官に取り囲まれて、Wir sind die Volkspolizei.「人民警察の者だが」という言葉を突きつけられたことがあります。単に運転免許証の提示を求められたにすぎないのですが、これはこれで、相当に恐ろしい体験でした。民主化要求デモのWir sind dos Volk.は、その言い方を逆手にとったものです。それだけに、この表現には想像以上の迫力があったのです。――本書より
ハンガリー狂騒曲
講談社現代新書
改革に揺れるブダペストからの現場レポ-ト社会主義体制崩壊という歴史的転換を,ハンガリ-はどう受けとめたか? 自由化・民主化の進むブダペストで2年間過ごした女性の,生活に密着したドキュメント.
ヴァルタ-・ベンヤミン
講談社現代新書
越境する思想家の思考運動の核にある物は?「文の人」ベンヤミンが読みとろうとする「みえないもの」としての表現の根源.“亀裂”“不連続点”を手がかりに目覚めを待つ真理内容に迫る彼の思考の跡を追う

毛沢東と周恩来
講談社現代新書
厳格なる父・毛沢東、寛容なる母・周恩来。最新の資料から、田舎っぺ皇帝と気配り宰相の素顔に迫り、二つの巨星が作りげた中国の社会主義を検証。『天安門』以後を占う。
田舎っぺ毛沢東――毛沢東はなによりも農民の子であった。その生活習慣には、「田舎っぺ」(土包子)くささがあふれていた。たとえば医者ぎらい、栄養剤ぎらい、質素な食事と衣生活などは、青年時代から保持した習慣である。権力をとってからも、毛沢東の生活は非常に質素だった。毛沢東は許可なしに新しい衣服をつくることを許さなかった。現に53年から62年末まで、彼は新しい衣服をつくっていない。いつも水で顔を洗い、化粧石鹸は用いなかった。墨汁や油で手を汚したときは、洗濯用石鹸で洗った。顔クリームなど化粧品もつかわず、いや練り歯みがきさえ用いず、安物の粉歯みがきを用いていた。タオルケットや寝巻はつぎはぎだらけであった。北京入城のさいも、葬式のさいもそうだった。彼の下着やパンツ、それに靴下もつぎはぎだらけであり、ちょっと不注意に足を伸ばすと靴下のつぎはぎがあらわれた。客をむかえるとき、李銀橋らはよくこう注意したものだ。「家の恥を外に見せないようにしなくては」――本書より