『文学評論』既刊・関連作品一覧
小林秀雄の悲哀
講談社選書メチエ
「もう、終いにする」。戦後の知識世界に輝くビッグネーム・小林秀雄が、晩年、10年にわたって取り組んだ『本居宣長』は、執筆に難渋し、結論に達しないまま意外な一言で終わってしまった。日本が誇る知性は、なぜ最後の仕事で挫折したのか。彼がこの書物にかけた思い、そして小林がたどり着きたかった「ゴール」はどこにあったのか。小林の批評ぶりを多角的に検証しながら、批評とは何か、その原理について考える。
「もう、終いにする」
戦後の知識世界に輝くビッグネーム・小林秀雄が、晩年、10年にわたって取り組んだ『本居宣長』は、
執筆に難渋し、結論に達しないまま意外な一言で終わってしまった。
日本が誇る知性は、なぜ最後の仕事で挫折したのか。
彼がこの書物にかけた思い、企図、成果は?
そして小林がたどり着きたかった「ゴール」はどこにあったのか?
当代随一といわれた批評家のライフワーク『本居宣長』を丁寧に読み解き、
小林の批評ぶりを多角的に検討しながら、
批評とは何か、さらに批評を支える「原理」とは何かについて考える。
目次
序章
第2章 『本居宣長』という書物
第3章 外堀を埋める 『本居宣長』を読む・その1
第4章 源氏物語のほうへ 『本居宣長』を読む・その2
第5章 『古事記伝』を読む 『本居宣長』を読む・その3
第6章 『古事記伝』という仕事
第7章 小林秀雄の悲哀
この百年の小説 人生と文学と
講談社文芸文庫
西欧文学に100年以上遅れて出発し、そのエッセンスを学びながら追いかけてきた日本の近代文学。明治期の誕生以降、発展を続けているその歴史を、漱石、鴎外、露伴、谷崎、芥川、川端、三島、大江、石原らの代表的な作品を取りあげながら概観し、青春、恋愛、少年、心理、老年、歴史等々、「人生と文学」の断面から照射した、壮大かつ心揺さぶる精神のドラマ。博覧強記の小説家が遺した名著。
物語批判序説
講談社文芸文庫
かつて人は自分だけが知っていることを自分の言葉で語った。だが19世紀半ばの「フランス革命より遥かに重要」な変容で、人は誰もが知っている事実を確認し合うように誰もが知る物語を語り始めた。フローベール『紋切型辞典』を足がかりにプルースト、サルトル、バルトらの仕事とともに、なお私たちを覆う変容の正体を追う。明晰にしてスリリング。知的感興が横溢する、いまこそ読まれるべき不朽の名著。
芥川龍之介と太宰治
講談社文芸文庫
対照的な文学的軌跡をたどりながら、最終的にはともに自死を選んだ、芥川龍之介と太宰治。「近代的自我」の問題を問うた福田恆存が、その問題意識から二人の傑出した作家に見出したものは何だったのか。初期の作家論を代表する「芥川龍之介1」をはじめ、戦後に書かれた「芥川龍之介2」、太宰の死の前後に書かれた二つの評論を所収。独自の視点で描かれた傑作文芸評論集。
読書の極意と掟
講談社文庫
作家・筒井康隆、誕生の秘密。戦時中にひとり疎開した幼少期、演劇部で活躍した中高時代、不本意な営業に配属された新入社員時代、いつも傍らには本があった。いずれ小説を書くとは夢にも思わず、役者になりたかった青年を大作家にしたのは“読書”だった。小説界の巨人が惜しげもなく開陳した自伝的読書遍歴。『漂流 本から本へ』を改題。
作家・筒井康隆、誕生の秘密。
戦時中にひとり疎開した幼少期、演劇部で活躍した中高時代、不本意な営業に配属された新入社員時代、いつも傍らには本があった。いずれ小説を書くとは夢にも思わず、役者になりたかった青年を大作家にしたのは“読書”だった。小説界の巨人が惜しげもなく開陳した自伝的読書遍歴。『漂流 本から本へ』を改題。
大江健三郎 柄谷行人 全対話 世界と日本と日本人
文芸(単行本)
1994年の大江健三郎氏のノーベル文学賞受賞前後に行われた全対話三篇を集成。小説と批評の両面から日本文学界を牽引してきた二人が、文学、思想、言語、日本と日本人について、縦横無尽に語り合う。柄谷氏の書き下ろし序文と年譜を付す。
大江健三郎賞8年の軌跡 「文学の言葉」を恢復させる
文芸(単行本)
「情報テクノロジーの支配する社会で、もっとも痩せているのが「文学の言葉」です。私は永く「文学の言葉」で生きてきました。いまも注意深く見れば創られている、力にみちた「文学の言葉」を、知的な共通の場所へ推し立てたいのです」大江健三郎――2007年から8年間にわたり大江健三郎一人によって選考された「大江健三郎賞」の全選考過程と受賞理由、および受賞者との対談を収録した、完全保存版!
意味という病
講談社文芸文庫
日本のシェークスピア論のパラダイムを批判し、明晰な論理と思考の下に、新しい「マクベス」像を描く、初期秀抜エッセイ「マクベス論」をはじめ、秀作『マルクスその可能性の中心』につながる、その明視力の圧倒的展開を収録。
小林秀雄と中原中也
講談社文芸文庫
近代日本を代表する知性と、それを凌駕する純粋な魂。「社会化する私」から生の深淵へ、「内部の人間」を析出していく、初期評論集。
歴史小説の懐
講談社+α文庫
なぜ、わたしたちは、「鬼平」や「竜馬がゆく」の世界に、かくも魅入られてしまうのだろうか? 日本歴史学界きっての「歴史小説・時代小説読み」が、池波・司馬作品をはじめとする名作の数々の世界に潜りこみ、テキストとその背景を徹底的に読み尽くす。山室教授の名調子に誘われると、あの『大菩薩峠』も、楽しくするする読破できちゃう?!
新しい小説のために
文芸(単行本)
ゼロ年代以降登場した小説家たちは何を書いているのか? それは本当に新しいのか? 小説における「私」を根源から問い直す試み。
筒井康隆入門
星海社新書
筒井康隆よりも筒井康隆を知るための、最強の入門書!
現代日本文学が生んだ最重要にして最強の作家・筒井康隆。日本SF第一世代に属したのち、中間小説に進出してその最盛期を支え、さらには燦然と輝くジュブナイルの金字塔をうちてた、小説のジャンルとスタイルのあくなき改革者――そんな怪物的巨人の作品世界をトータルに把握することは困難を極めます。本書はその難題に、筒井本人をして「わし以上にわしのことを知っている」と言わしめた佐々木敦が、デビュー作「お助け」から最新作まで、綺羅星の如き作品群を愚直にレビューすることで回答を試みます。キーワードは「筒井康隆は二人いる」。さあ、半世紀以上に及ぶ巨人のキャリアを辿り直し、新たな筒井康隆像を探す旅に出ましょう。
(目次)
第一章 SFの時代 デビュー作「お助け」(1960年)から『脱走と追跡のサンバ』(1971年)へ
第二章 黒い笑いの時代 『家族八景』(1972年)から『大いなる助走』(1979年)へ
第三章 超虚構の時代 『虚人たち』(1981年)から『文学部唯野教授』(1990年)へ
第四章 炎上の時代 断筆宣言(1993年)から『巨船ベラス・レトラス』(2007年)へ
第五章 GODの時代 『ダンシング・ヴァニティ』(2008年)から『モナドの領域』(2015年)へ
文芸的な、余りに文芸的な/饒舌録 ほか 芥川vs.谷崎論争
講談社文芸文庫
芥川谷崎「小説の筋」論争の全貌!『改造』掲載の批判の応酬と、発端となった新潮合評会及び俎上の小説二篇、谷崎の芥川追悼文を収録
乱歩と正史 人はなぜ死の夢を見るのか
講談社選書メチエ
我々の現代性の黎明期、日中戦争の前/日米戦争の後、江戸川乱歩と横溝正史――二人は探偵小説の夢を創造する。個人の日常生活を成立させるリアリズムの場に深い〈穴〉があき、あるいはリアリズムの〈場〉が〈死者〉の声に触れて崩れるとき、人間に関わる真実が独特の顔をして垣間見えることがある。だが、この真実を表象する手段は限られている。乱歩と正史はこの真実を寓喩――殺人とその不可能図形によって描き出す。
我々の現代性の黎明期、日中戦争の前/日米戦争の後、江戸川乱歩と横溝正史――二人は探偵小説の夢を創造する。
個人の日常生活を成立させるリアリズムの場に深い〈穴〉があき、あるいはリアリズムの〈場〉が〈死者〉の声に触れて崩れるとき、人間に関わる真実が独特の顔をして垣間見えることがある。
だが、この真実を表象する手段は限られている。乱歩と正史はこの真実を寓喩――殺人とその不可能図形によって描き出す。
現代詩試論/詩人の設計図
講談社文芸文庫
「折々のうた」で知られた大岡信の評論活動は、二十二歳の時に書かれた『現代詩試論』から始まった。詩人として、詩と信じたものの中でつかんだ言語感覚を、そのまま文字にたたき込む努力をした。散文でどこまで詩の領域に近づけるか、拡大できるか。『詩人の設計図』は、「エリュアール論」から、鮎川信夫、中原中也、小野十三郎、立原道造、パウル・クレー等へ及ぶ詩論。
多彩で果敢な評論の出発点『現代詩試論』、初の文庫化。
<内容紹介>
「折々のうた」で知られた大岡信の評論活動は、二十二歳の時に書かれた『現代詩試論』から始まった。詩人として、詩と信じたものの中でつかんだ言語感覚を、そのまま文字にたたき込む努力をした。散文でどこまで詩の領域に近づけるか、拡大できるか。『詩人の設計図』は、「エリュアール論」から、鮎川信夫、中原中也、小野十三郎、立原道造、パウル・クレー等へ及ぶ詩論。
二〇一七年四月五日、大岡信が永眠した。(中略)ランボー以降、あるいは中原以降、詩人は早熟と相場が決まっているが、それにしても、若き大岡の評価を決定したのは批評であって、その批評たるや、率直に述べてほとんど老成していると形容したくなるほど、完成されているのだ。しかも、文体はあくまでも若若しく新鮮なのである。詩壇が驚倒したのも無理はない。
―三浦雅士「解説」より
写生の物語
講談社文芸文庫
『万葉集』や『おもろさうし』に特徴的でその後は顧みられなくなった語法、子規や啄木など明治期歌人の試み、また塚本邦雄・岡井隆といった現代前衛歌人の新作、そして俵万智『チョコレート革命』に至るまでの短歌(謡)表現を貫くものは何か? 起源以前と死後を等価とし、表現を緻密に追いつづけることで見えてくる豊穣な世界。
光の曼陀羅 日本文学論
講談社文芸文庫
埴谷雄高、稲垣足穂、南方熊楠、江戸川乱歩、中井英夫ら、「死者たちのための文学」を紡ぐ表現者の連なりを描き出す第一部「宇宙的なるものの系譜」。折口信夫の謎めく作品『死者の書』と関連資料を綿密に読み込み、物語の核心と新たな折口像を刺戟的に呈示する第二部「光の曼陀羅」。『死者の書』を起点に、特異な文学者の稜線を照射する気宇壮大な評論集。大江健三郎賞、伊藤整文学賞受賞。
「私小説」を読む
講談社文芸文庫
志賀直哉、藤枝静男、安岡章太郎を貫く「私小説」の系譜。だが、著者はここで日本文学の一分野を改めて顕揚したり、再定義を下したりはしない。本書は、我々が無意識・無前提に受け入れている「読みの不自由さ」から離れ、ひたすら、いまここにある言葉を読むこと、「作品」の表層にある言葉の群との戯れを通じ、一瞬ごとの現在を生きようとする試みなのである。「読むこと」の深見と凄みを示す、文芸批評の名著。
世界の読者に伝えるということ
講談社現代新書
日本文化が世界で人気があると聞くとうれしい。コンテンツ輸出も大切だ。ただ、いま大事なのは「日本発の文化を日本以外の世界の読者の視点から見る」ことではないだろうか? アメリカで森鴎外を学び、大学で教えた経験も持つ著者が、文学と批評を例に、比較文学と地域研究というアプローチを通して考える画期的論考。(講談社現代新書)
日本文化が世界で人気があると聞くとうれしい。コンテンツ輸出も重要だ。ただ、日本文化の発信にあたって、いま求められているのは、「日本発の文化を、日本以外の世界の読者の視点から見てみる」ことではないだろうか?
アメリカで森鴎外を学び、大学で教えた経験も持つ著者が、文学と批評を例にして、比較文学と地域研究というふたつのアプローチを通して考える。
【目次】
序章 「世界の読者」の視点
第1部 ひとつめのレンズ 比較文学篇――世界文学としての日本文学
第1章 アメリカで学んだ、日本文学の大切なこと
第2章 「世界の読者」から読みかえる村上春樹
第3章 「世界文学」という読みかた
第4章 海外の大学から見る「日本文学の発信」
第2部 ふたつめのレンズ 地域研究篇――日本研究からみる日本文化・ポピュラーカルチャー・現代日本の批評
第5章 日本研究という視点
第6章 日本研究で「日本らしさ」を語ることのむずかしさ
第7章 日本のポピュラーカルチャーを研究する
第8章 海外の日本研究から読む、現代日本の批評
終章 すべての文化は「世界の財産」である
柄谷行人インタヴューズ2002-2013
講談社文芸文庫
単行本未収録インタヴュー集成の第二巻である本書は、NAMから『世界史の構造』『哲学の起源』を経て反原発へと至る思考の軌跡を辿る。
※本書収録の十二篇は、初出紙誌を底本としました。