『文学評論』既刊・関連作品一覧

柄谷行人インタヴューズ1977―2001
柄谷行人インタヴューズ1977―2001
著:柄谷 行人
講談社文芸文庫
単行本未収録インタヴュー集第一弾。 イェール大学での講義を終えてからNAMでの活動を始める21世紀初頭までの発言と軌跡を辿る。 ※本書収録の13篇のうち「不可知の“階級”と『ブリュメール十八日』」は、情況出版編集部編『マルクスを読む』(1999年11月、情況出版)を底本とし、それ以外は初出紙誌を底本としました。
柄谷行人蓮實重彦全対話
柄谷行人蓮實重彦全対話
著:柄谷 行人,著:蓮實 重彦
講談社文芸文庫
予定調和なき言葉の世界へ 今なお世界へ向けて発信しつづける批評家・思想家が、1977年から約20年にわたって繰りひろげ、時に物議を醸したすべての対話を収録した、一時代の記録。文学、批評、映画、現代思想から言語、物語、歴史まで、ふたりの知性が縦横無尽に語り合う。 匿名性に守られたネット社会とは対極をなす、“諸刃の剣”の言論空間がここにある。 1977年から約20年にわたって行われた日本を代表する知性による全対話であり、今なお世界に発信し続ける二人の原点。完全保存版。 ※本書は、『ダイアローグ』(1979年6月、冬樹社刊)、『ダイアローグ3』(1987年1月、第三文明社刊)、『闘争のエチカ』(1994年2月刊、河出文庫)、『群像』(1995年1月号)を底本といたしました。
恋と日本文学と本居宣長・女の救はれ
恋と日本文学と本居宣長・女の救はれ
著:丸谷 才一
講談社文芸文庫
『忠臣藏とは何か』『日本文学史早わかり』と並ぶ、丸谷才一の古典評論三部作。中国文学から振り返って、『源氏物語』『新古今和歌集』という日本の文学作品を検証した孤立無援の本居宣長の思考を蘇らせ、さらにはその視点で近代日本文学をも明確に論じる。女系家族的な考えから日本文学を俯瞰した「女の救はれ」を併録した『恋と女の日本文学』を発表時の題に戻し刊行。 丸谷才一の古典評論 島国で育まれた特異な文学 その秘密を解く 有り余る才能を惜しまれつつ2012年10月に亡くなった丸谷才一。 古典にも造詣が深い著者の『忠臣藏とは何か』『日本文学史早わかり』に次ぐ作品。 ※本書は、『恋と女の日本文学』(講談社文庫・2000年5月刊)を底本としたものを改題しました。
電子あり
マス・イメージ論
マス・イメージ論
著:吉本 隆明
講談社文芸文庫
カフカ、小島信夫、中島みゆき、山岸涼子ら、文学・漫画・CM・歌謡曲などを全体的な概念として捉え、「現在」を読み解く斬新な評論。新しい時代を予見した格闘の書! ーー文学、少女漫画、現代詩、歌謡曲、テレビCM……。マスメディアを通して現れた言葉やイメージを産み出している「現代」という名の作者をめぐって、果敢に挑んだ評論集。小島信夫、高橋源一郎、萩尾望都、糸井重里、中島みゆきらの諸制作品を、個別の批評方法から離れて解析・論述し、「戦後思想界の巨人」の新たな側面を示して反響を呼んだ。来るべき時代を予見し、今さらに輝きを増す画期的論考。
電子あり
転々私小説論
転々私小説論
著:多田 道太郎
講談社文芸文庫
仏文学が専門の学者・評論家であり、遊びや風俗から日本文化を独自に見つめていた多田道太郎は、私小説をこよなく愛していた。孤高の域にある、その語り口は軽妙かつ深遠で、「葛西善蔵の妄想」「諧謔の宇野浩二」「飄逸の井伏鱒二」「飄飄太宰治」と題された圧巻の文学評論4篇で、新たな視点から日本の私小説の真髄に迫る。
電子あり
斎藤茂吉ノート
斎藤茂吉ノート
著:中野 重治
講談社文芸文庫
茂吉の短歌と人間と全力で格闘した不朽の名作。 太平洋戦争下に書きつがれた第一級の文学評論にして、感動的な「抵抗」の書でもある。 ※本書は『斎藤茂吉ノオト』新版(筑摩書房、1943年刊。初版は1941年)に『中野重治選集7』(筑摩書房、1948年刊)の「はしがき」を加えたもので、『斎藤茂吉ノート』(ちくま学芸文庫、1995年刊)を底本といたしました。
反文学論
反文学論
著:柄谷 行人
講談社文芸文庫
抜群におもしろい文芸時評の白眉ーー1977年から78年にわたり、初期代表作となる『マルクスその可能性の中心』、『日本近代文学の起源』と並行して書かれた、著者唯一の文芸時評集。100人近い現役作家を俎上に載せた短い<時評>と<感想>に、この類稀な批評家のエッセンスが凝縮し、横溢する。転換期に立つ「近代文学」の終焉を明瞭化した記念碑にして、これから文学にかかわる者の、必読の書。 ◎「……この『反文学論』は、著者の批評活動すべてが圧縮されたものだと言える。読者は、本書に対して、まるで「柄谷行人」という映画の予告編をみているような印象をもつであろう。そのことを可能としているのは、ひとえに本書が「文芸時評」という制約を受けていることによるのだ。」<池田雄一「解説」より> ※本書は、1991年11月『反文学論』(講談社学術文庫)を底本としました。
電子あり
アレゴリーの織物
アレゴリーの織物
著:川村 二郎
講談社文芸文庫
卓逸なベンヤミン論 第二次世界大戦中、ナチスに追われピレネー山中で命を絶った20世紀最大の批評家、ヴァルター・ベンヤミン。彼の理解者でもある独創的思想家、テオドール・アドルノ。今なお世界に多大な影響を与え続ける稀代の思索者を、日本でいち早く受容した一人が川村二郎であった。“思想の生まれる場の雰囲気、ニュアンス”に力点を置き、偉大な先達への敬愛を込めて論じた、名著。 川村二郎 初めてベンヤミンについて書いたのは、四半世紀以上前のことになる。雑誌「展望」の1965年4月号に、「経験と原理―ルカーチとベンヤミン」と題して発表した文章がそれである。アドルノについては、雑誌「音楽芸術」の1967年4月号に発表した「ヴァーグナーの没落―アドルノに即して」である。…… この本を書いたのは、かつての不充分な紹介文を、補訂し、増幅し、あわよくば止揚したいという心づもりからである。 ――<「あとがき」より抜粋> ※本書は、1991年10月講談社刊『アレゴリーの織物』を底本としました。
女の子を殺さないために 解読「濃縮還元100パーセントの恋愛小説」
女の子を殺さないために 解読「濃縮還元100パーセントの恋愛小説」
著:川田 宇一郎
恋愛小説とは、「主人公がセックスしたせいで女の子が死んだ話」なの? ライトノベルから川端康成、村上春樹をつなぐ「女の子殺し」の物語の系譜は、庄司薫がつないでいた? 物語が本質的に要請しているものを「女の子」から探る、書き下ろし大型評論! なぜ『伊豆の踊子』ではヒロインの全裸を目にした主人公は爽やかに笑うのか。なぜ村上春樹作品の主人公は『風の歌を聴け』ではセックスをしなかったのに、その後はあのような類型的セックスするようになったのか……。 作品中で「女の子を殺す」村上春樹と、「女の子を殺さない」庄司薫。その対比を日本近代文学史の系譜の中で考察した本著者は、この両者は「一見まるで正反対の物語を書いたようでいて、同じ取り組みをしている」と喝破します。 「主人公がセックスしたせいで女の子が死んだ話」は本質的に物語において要請されているのでは? 古井由吉、柴田翔、坂口安吾、川端康成らの「女の子の殺し方」を追いかけることで、本著者がこの仮説を検証していく大型評論です。
風俗小説論
風俗小説論
著:中村 光夫
講談社文芸文庫
花袋『蒲団』を一刀両断。明晰な論理で描く日本近代リアリズム興亡史ーー「『破戒』から『蒲団』にいたる道は滅びにいたる大道であったと云えましょう」。日露戦争の直後に起こった文壇の新気運のなかで、その後の日本文学の流れを決定づける2作品が誕生した。日本の近代リアリズムはいかに発生し、崩壊したのか。自然主義から誕生した私小説が、日本文学史に与えた衝撃を鋭利な分析力で解明し、後々まで影響を与えた、古典的名著。※本書は、1969年5月改版新潮文庫『風俗小説論』を底本としました。 〇千葉俊二 圧巻は何といっても小栗風葉の「青春」、島崎藤村の「破戒」、田山花袋の「蒲団」を取りあげながら、日本における「近代リアリズムの発生」を論じた最初の章である。中村は、誰にでも多くの可能性をはらんだ青春の一時期があるように、時代精神の巨大な流れのなかにもそうした時期があり、夏目漱石が「吾輩は猫である」を発表した一九〇五年から、花袋が「蒲団」を書いた一九〇七年までが、まさに明治文学史における青春期だったと指摘する。――<「解説」より>
電子あり
小林秀雄全文芸時評集 下
小林秀雄全文芸時評集 下
著:小林 秀雄
講談社文芸文庫
時代を超えた若き「文芸時評集」 文学と時代を語り文芸時評の行く末をも見定めた小林秀雄 昭和九年の後半から、文芸時評から身を退く昭和十六年八月までの二十七篇を収録。時代は日中戦争へ、さらには太平洋戦争へと緊迫するなか、マルクス主義壊滅後の中心的批評家として、いかなる文芸時評が可能であったか。戦争目的の是非を論ずることの無意味さをいだきつつ、「当麻」「無常といふ事」「西行」など一連の古典論へと沈潜していくその後の小林を予感させる、貴重な一冊。 山城むつみ どんなに緻密な解釈であれ、解釈は原文に限りなく漸近することができるだけで、決してこれに追いつくことはできない、いわんや追い越すことなどありえない。これは昭和十年以降、小林が自分に課した「批評的創作」の命法にほかならない。――<「解説」より> ※本集は、掲載紙誌において、「文芸時評」「文芸月評」と銘打たれた作品を集成したものです。底本は、新潮社刊『小林秀雄全作品』5~14(二〇〇三年二月~二〇〇三年十一月)としました。
小林秀雄全文芸時評集 上
小林秀雄全文芸時評集 上
著:小林 秀雄
講談社文芸文庫
知性のドラマを批評へとたかめ近代を拓いた新しい文芸時評 懸賞評論「様々なる意匠」二席入選の翌年(昭和五年)、「アシルと亀の子」で、文芸時評家として文壇に登場した小林秀雄。当時隆盛を極めたマルクス主義文学の観念性を衝き、また心理小説、私小説、行動主義等、あらゆる文学潮流にも与することなく、孤高を持し、本質的で独創的な論を展開。そこには個々の作品を論じつつも、批評という行為それ自体を問う、<近代批評>誕生のドラマがあった。 小林秀雄 文学という形はその影をもっている。瞬時も同じ格好をしていない人間の心という影をもっている。作品という死物に、命を与える人間の心は、社会の鏡でもなければ、又、社会は人間の心の鏡でもないのである。文学に関する困難は、ただこの影の世界を覗くにある。――<本書収録「文学と風潮」より> ※本集は、掲載紙誌において「文芸時評」「文芸月評」と銘打たれた作品を集成したものです。底本は、新潮社刊『小林秀雄全作品』1~5(二〇〇二年十月~二〇〇三年二月)としました。
柄谷行人中上健次全対話
柄谷行人中上健次全対話
著:柄谷 行人,著:中上 健次
講談社文芸文庫
若き日の出会い以来、常に世界的視野で表現を続けた批評家と作家の軌跡 一九六八年、遠藤周作が編集長をつとめる「三田文学」編集室に若い批評家と小説家が呼び出された。 この奇蹟の出会いによる鮮烈な印象は、互いの記憶に深く刻みこまれた。やがて日本文学の立役者となった二人は、常に相手を、さらに世界を強く意識し、「協働」するに至る―― 批評家・柄谷行人と小説家・中上健次の全対談と往復書簡を収録する画期的な対話集! 中上 正義は正義だ。不正義は不正義だ。それを言わないとどうしようもない、というところに来ています。このままでは、文学が成り立たなくなる。 柄谷 僕は、ちまちましたポストモダン的シニシズムとかイロニーとかにうんざりしている。あんなのは自意識の欠落だよ。シュレーゲルが言ってるんだけど、イロニーの最終形態は真面目になることだ、と(笑)。だから素直にやろう。――<本文より>
正宗白鳥――その底にあるもの――
正宗白鳥――その底にあるもの――
著:山本 健吉
講談社文芸文庫
生と死、神の存在を問い続けた、クリスチャン正宗白鳥の信仰の真実に迫る! 自然主義の代表的作家として、人生虚妄を唱えた冷徹なニヒリスト・正宗白鳥の死を契機に、彼が青年時代に棄教したキリスト教に復帰したのかどうかが、人々の関心を集めた。文芸評論に幅広い活躍をした著者が、「白鳥は終始クリスチャンだった」という観点で、白鳥の小説や深い影響力をもった内村鑑三、トルストイの作品等を読み解き、白鳥文学の深層に潜む、信仰と魂の問題、作家の人生を探った独自の作家論。 富岡幸一郎 一見するとこの白鳥論は、白鳥のキリスト教への「入信」と「棄教」そして「信仰復活」(白鳥は自らの葬儀を自分の意志でキリスト教会において行なった)という、一人の文学者の内面の変遷と信仰への葛藤を辿り描いており、事実その通りなのだが、その背後には正宗白鳥という個性的な作家の問題をこえた、より広く深い「魂」についての問いがあったのではないだろうか。――<「解説」より>
書物の解体学
書物の解体学
著:吉本 隆明
講談社文芸文庫
欧米を代表する文学者思想家に批評の直感で挑んだ画期的作家論集! バタイユ、ブランショ、ジュネ、ロートレアモン、ミシェル・レリス、ヘンリー・ミラー、バシュラール、ヘルダーリン、ユング――現代の世界に多大な影響を与えた欧米の作家・詩人・思想家9人の著作は、翻訳を通じて、どこまで読み解くことが可能なのか。批評家としての経験のみを手がかりに、文字通り縦横無尽に論じた画期的作家論集。 ◎三浦雅士<1960年代から70年代、さらに80年代にかけて、吉本隆明は、いまではちょっと想像もつかないほどの特異なオーラに包まれていた。片言隻句も聞き漏らすまいとする熱心な読者がひしめいていた。(略)小林秀雄を教祖と呼んだのは坂口安吾だが、小林の後に青年たちの教祖になったのが吉本だったと言って誤りではない。(略)読む者は、その理論の切れ味に、また感情の必然に、陶然とした。その指し示す方向に進みたいと願った。吉本には小林にはない実践者としての魅力があったのである。>(「解説」より)
電子あり
常識的文学論
常識的文学論
著:大岡 昇平
講談社文芸文庫
歴史小説、推理小説は「文学」に値するのか? ーー大衆文化の隆盛とともに、文学の世界においても、大衆小説や中間小説が文壇の主流へと登場しつつあった1960年代初頭。こうした流れを、純文学にとってかわるものとして擁護する批評家の言も含め、歴史小説や推理小説の実体を根底的に批判した、ポレミックな文学論。<『蒼き狼』論争>となった井上靖への批判、深沢七郎の『風流夢譚』批判、松本清張批判など、スリリングな文芸時評16篇。 「昨年中から大衆文学、中間小説の文壇主流進出を認容する論調があった。現象自体は現代の大衆文化進展の一環であり、別に不思議もないが、われわれの伝統や世界文学史に基いた文学の理念をこわしてまでこれを擁護しようとする批評家が一部にあった。(略)私はそれらに対して、文学の原理を争うのではなく、諸君の礼拝している淫祠邪教の実体はこれなのだ、と摘発する方法によった。」(「序」より)
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文学の楽しみ
文学の楽しみ
著:吉田 健一
講談社文芸文庫
本を読む喜び。大人のための文学案内。 「言葉を使うというのは言葉を生かすことであり、生きた言葉は喜びを覚えさせないではいない。」――言葉の可能性を最大限に生かすことに、文学の喜びがあり、文学が生命の表現であると定義する。既成の文学概念にとらわれない自由な姿勢と、鋭く豊かな感性を駆使し、古今東西の文学作品に親しんだ著者が、生きた言葉に出会う喜び、本を読むことの楽しみに読者を誘う。大人のための文学案内。 長谷川郁夫 言葉、言葉、言葉、と言葉のもつ本来のはたらきとその可能性を信じて、著者は文学のあるべき姿を描いて自在の境地に遊んだ。「文学の楽しみ」一書は、読者を精神の自由へと導くのである。「心をその常態に戻す」ことが文学の目的だった、と。至福の哲学。それが文学論の垣根を超えて、独自の人間論となったのは当然の帰結だった。――<「解説」より>
折口信夫文芸論集
折口信夫文芸論集
著:折口 信夫,編:安藤 礼二
講談社文芸文庫
釈迢空の別名を持ち、学者にして詩人、詩人にして学者という生涯を送った折口信夫は、古代から近代にいたる日本文化を貫く本質をとらえ、詩歌、小説、文学研究、民俗学研究と他の追随を許さない多岐にわたる業績を残した。源氏物語、隠者の文学、短歌の滅亡、近代文学など折口が関心を寄せた日本文学の諸相を多彩な切り口で整理し、批評家としての全体像に迫る画期的評論集。
電子あり
文学のプログラム
文学のプログラム
著:山城 むつみ
講談社文芸文庫
<書くこと>でいかに<戦争>と拮抗しうるのか――。小林秀雄、坂口安吾、保田與重郎の戦時下における著述を丹念に辿ることで、時局に追従する言説と彼らとの距離を明らかにし、保田の『万葉集の精神』を起点に、日本文を成立せしめた「訓読」というプログラムの分析へと遡行する。気鋭の批評家による<日本イデオロギー>の根底を撃つ画期的試み。群像新人文学賞受賞作を収めた第1評論集。 日本イデオロギーの根柢を撃つ気鋭の挑戦 <書くこと>でいかに<戦争>と拮抗しうるのか――。小林秀雄、坂口安吾、保田與重郎の戦時下における著述を丹念に辿ることで、時局に追従する言説と彼らとの距離を明らかにし、保田の『万葉集の精神』を起点に、日本文を成立せしめた「訓読」というプログラムの分析へと遡行する。気鋭の批評家による<日本イデオロギー>の根底を撃つ画期的試み。群像新人文学賞受賞作を収めた第1評論集。 山城むつみ 私が心底、驚いたのは、小林がただ「読む」ことだけで、いわばサシで、また丸腰でドストエフスキーの本文とわたり合っていたからだ。(略)どんなに高度な理論を参照している場合でも、ドストエフスキーをただ読む読み方で読み通すという原則を崩していなかった。これはあたりまえのことのようで実は容易なことではない。ただ読んで驚嘆したところを「書く」ためには尋常でない集中力と愛情で熟読を繰り返さねばならないからだ。(略)小林は尋常でない速度でドストエフスキーのテクストを歩いているのだ。驚嘆すべき脚力である。――<「著者から読者へ」より>
電子あり
対談 文学の戦後
対談 文学の戦後
著:鮎川 信夫,著:吉本 隆明
講談社文芸文庫
「戦後文学」をどう評価するか? 敗戦後34年を経て、詩誌「荒地」時代からの友人である典型的な戦中派の二人が、社会と文学の動向を縦横に論じ、戦後文学史に新たな視座を提示した、衝撃の対談集ーー詩誌「荒地」に拠って、戦後現代詩を主導してきた鮎川信夫。詩人として、また文学と思想の新たな理論を展開し、現代をリードしてきた吉本隆明。戦中派の巨人ふたりが、敗戦の衝撃から、身を以て戦後文学史を生きてきた34年を振り返り、社会と文学の動向を鋭く問う。第一次戦後派の限界、江藤淳批判、ソルジェニツィン『収容所群島』の現代史的問題、現代文学の変質など、白熱の議論を交わした対談集。「戦後文学」との別離を告げた記念碑的作品。
電子あり