講談社現代新書作品一覧

為替市場の読み方
為替市場の読み方
著:佐中 明雄
講談社現代新書
円安、ドル高、アジアの危機。通貨がわかる!経済がわかる! アジアの通貨危機、強いドル、そして日本経済の命運をも決する外国為替。その仕組みから金融新技術まで詳細に解説。 外国為替の仕組み――いちばん広く受け入れられており、そしてもっとも妥当な外国為替の定義は、「異種通貨の交換」である。この定義に従えば、われわれが外国に行く前に銀行にいって、円とドルなど外国の通貨と交換する、あるいはドルのトラベラーズチェックを買い、海外で外国の通貨、例えばフランスのフランと交換するのももちろんこの範疇に属する。それだけではない。米国に留学している子供のために、親が銀行にいって円を振込みドルを送金することも、また石油精製メーカーなど輸入業者が輸入品の代金として円でドルなど外国通貨を買って支払うことも、そして自動車メーカーなど輸出業者が輸出代金としてドルなど外国通貨を受け取り、これを円に換えることも「異種通貨の交換」である。さらに証券会社や生命保険会社などの機関投資家が米国債など外国証券を購入するため、銀行で円を払い込んでドルなど外国通貨を購入する際にももちろん外国為替が発生している――本書より
創造力をみがくヒント
創造力をみがくヒント
著:伊藤 進
講談社現代新書
人生は、すこし創造性を加味するだけで変わる。新たな問題に創造的に対処していくための日常的戦略を簡明に説く。 ふだん着の創造力──毎日の生活に欠かせないことで、どうしても創造力を必要とすることといえば、その代表はなんといっても料理。料理と創造力などというと、プロの料理人の場合を浮かべたりしますが、一般家庭でごくふつうの料理だって立派に創造的です。毎日の食事の用意というのは、けっこう大変なことです。栄養のことも考えなくてはならない。味だってある程度はおいしいものでなくてはいけない。それに予算のことだって考慮に入れなければならない。しかも、毎日同じものを作るというわけにはいきませんから、確実に創造力が必要になります。ふだん着の創造力の典型です。──本書より
女たちの大英帝国
女たちの大英帝国
著:井野瀬 久美惠
講談社現代新書
時は19世紀、レディたちは新天地を求めて植民地世界を駆けめぐった。知られざる冒険物語から大英帝国最盛期の光と影を活写する。 「良質のぶあついロング・スカート」──実際、メアリ・キングズリは、そのままハイド・パークを散歩してもおかしくない服装で、ジャングルを歩きまわり、オゴウェ川の急流を自らカヌーを漕いで遡(さかのぼ)り、西アフリカの最高峰、標高1万3500フィート(約4070メートル)のカメルーン山の登頂に成功したのである。コルセットをきちんと締め、ハイカラーのブラウスとぶあつい黒のロング・スカートを身につけ、頭には小さなボンネットをかぶる──西アフリカを旅する彼女のこの姿は、どこから見てもヴィクトリア朝レディそのものであった。いや、19世紀末ともなれば、「ハイカラーの白いブラウスとぶあつい黒のロング・スカート」などという服装はいささか時代遅れだったかもしれない。「でも、そのおかげで私は命を落とさずにすんだのよ」というのが、彼女の答えであり、「良質のぶあついロング・スカート」は彼女の旅のキーワードとなった。──本書より
哲学の最前線
哲学の最前線
著:冨田 恭彦
講談社現代新書
たとえば相手を理解するとはどのようなことだろう?クワイン、デイビッドソン、サール、ローティら、現代最高の哲学者たちの主要な議論がみるみるわかるガイドブック。 根本的翻訳──生島は、コーヒーを少し飲んでから、話を始めた。「クワイン先生のこと、ご存じでしょう?」「ああ、もちろん。生島君は彼のところに足しげく通ってるんじゃなかった?」「ええ、足しげくというほどじゃないですけど、ときどき研究室におじゃましています」W・V・クワイン、1908年生れ。ハーバードで長く教鞭を執ったあと、名誉教授として、今も、哲学科のあるエマソン・ホールの2階に研究室を持っている。「朝倉さんの問題にアプローチするには、いろんなやり方が可能ですけど、クワイン先生の考えから入っていくのが、もしかしたらいいかもしれませんね。クワイン先生は多彩な活動をされた方ですが、今私の念頭にあるのは、根本的翻訳に関する彼の考えです」「ああ、そう言えば、君の論文の中にも確かそのことが出ていたね。でも、どんな話だったかな」「そうですね。それじゃ、そのあたりから始めましょうか」──本書より
ぼくらの昆虫記
ぼくらの昆虫記
著:盛口 満
講談社現代新書
テントウムシやミノムシなど身近な昆虫たちの意外な謎とおもわぬ発見の数々!好奇心と感動あふれる虫たちへの讃歌。 虫は出会うもの──昆虫少年は自分から虫を捜し求めてゆく。小さい頃の僕は、近所で採れるカミキリムシを大体、空で覚えていた。……そして大人になった今でも時々、虫を捜しに外に出る。一方、僕の生徒である中、高生達にとっては、小学生時代のカブトムシ採りの体験などはさておくと、虫は捜すものではなく出会うもの。その偶然の出会いの中で、「これは何だ」という好奇心が、突然産声をあげることがある。そんな彼らの興味や疑問につきあってみると、僕にとっても今まで見えなかった虫の一面、いや虫を見る人間という生物の一面が見えてきたように最近思う。──本文より
踏みはずす美術史
踏みはずす美術史
著:森村 泰昌
講談社現代新書
美術の極意は「考えるな、食べろ、着こなせ!」そこから発見の旅がはじまる──巨匠は上手か。ウォーホルはポップか。似ていることは悪いのか。常識を解体し「地球美術史」の地平を新たに開く快著。 美術館とバーゲン会場──抽象画に話をかぎって言いますと、私たちはそれを「見よう」とするから難しく感じるわけです。いくら見ても、わけのわからないイメージが描きなぐってあるだけです。だからこれからは、抽象画を見ても「あんなものはプリントされた柄だ」とたかをくくればよい。そうすれば、その柄物の布を自分は着てみたいか、着てみたくないか、着てみたいとすればどんな服のデザインにするか、着るとすれば夜か昼か、だがまてよ、私よりも友人のなんとかさんのほうが似あうかも、などと、さまざまな思案をいっきにかけめぐらせて、衝動買いしたりできるわけです。はっきり言って、デパートのバーゲン会場で、これはなにを意味するかなんてぐずぐず「考えて」いたら、欲しいものはどんどんなくなっていきます。「美術とは着るものである」のですから、ともかく似あうとか似あわないとかに憂き身をやつしていればいい。肌にあうかあわないか、着心地はどうかと、触覚的感覚を全開にさせておけば、「考える」ことを迂回しても美術とじゅうぶんつきあっていけるのです。──本書より
〈自己責任〉とは何か
〈自己責任〉とは何か
著:桜井 哲夫
講談社現代新書
国を挙げての無責任システム、横行する自己責任論。日本社会の病根を根源から問い直す。 丸山真男の「無責任の体系」──丸山は、東京裁判の被告たち(戦争犯罪人容疑)の発言を分析するなかで、「既成事実への屈服」と「権限への逃避」という2つの要素を見いだすのです。まず、「既成事実への屈服」です。すでに始まってしまったのだから仕方がない。個人的には反対だったが、なりゆきで始まってしまった以上従うほかない。こうした発言を分析して、丸山は、「現実」が作り出されるものだというより、「作り出されてしまったこと」、あるいは「どこからか起こってきたもの」とみなされていることに注意をうながします。現実的に行動するということは、過去に縛りつけられて行動するということであり、過去から流れてきた盲目的な力によって流されてしまうものとなる。(中略)次に「権限への逃避」です。「法規上の権限はありません」「法規上困難でした」という発言のなかに、職務権限に従って行動する「専門官僚」になりすませる官僚精神の存在が指摘されます。──本書より
英語の名句・名言
英語の名句・名言
著:ピ-タ-・ミルワ-ド,訳:別宮 貞徳
講談社現代新書
語り継がれる英国人の知恵の結晶。鋭い直観と深い思索が織りなす名表現ベストセレクション。 詩人と哲学者――詩人は意見を同じくすることが多いが、哲学者は意見を異にすることこそいのちというような感じがする。ある詩人が口にしたことが、他の詩人の口からも、おもしろいほどさまざまな形で出てくる。小鳥の合唱さながら、互いにさえずり交わすことを楽しんでいるかのようでさえある。しかし、言っている内容はほぼ似たようなものでも、言い方は十人十色、千差万別。単施聖歌よりもポリフォニーが好きといった趣である。ポープが「神を調べようなどもってのほか」とか、「人間のまず学ぶべきものは人間」と言ったその言葉は、意味も深ければ、音の響きも印象的である。しかし、その意味の深さは別に彼の専売というわけではない。ポープの独自性は、印象的な音のひびきのほうにある。――本書より
これがニーチェだ
これがニーチェだ
著:永井 均
講談社現代新書
ニーチェが問うた真に本質的な問題とは何か。哲学とは主張ではない。徹頭徹尾、問いである。〈神の死〉を語り、道徳を批判し、力への意志を説いた希代の哲学者の問いの構造を、見るも鮮やかに抉り出す快著。(講談社現代新書) ニーチェが問うた真に本質的な問題とは何か。哲学とは主張ではない。徹頭徹尾、問いである。〈神の死〉を語り、道徳を批判し、力への意志を説いた希代の哲学者の問いの構造を、見るも鮮やかに抉り出す快著。
電子あり
われわれはどんな時代を生きているか
われわれはどんな時代を生きているか
著:蓮實 重,著:山内 昌之
講談社現代新書
歴史の中の「いま」という瞬間を真摯に生き、実践的に問うこと。21世紀の知的課題はここから始まる。 事件の合理性と偶然性──命を重視する考え方は、現代に近づくほど、ややもすれば歴史の複雑さを解釈する作業から逃避したい人間にとって魅力あふれるものとなる。しかし、現代人はカフカの世界を通して歴史を眺めるわけではない。……現代人は「平家物語」の時代に生きた祖先たちと比べるなら、歴史の原因との関係においてもっと明示的な探求を余儀なくされるだろう。──山内昌之 ベンヤミンの「パッサージュ」──「いま」という時代に人びとが下すべき判断や評価の中に、現在の瞬間を真摯に生きるものだけが構想しうる虚構の物語ともいうべきものがかたちづくられ、それへの確信というか、理念的な賭けのようなものが、ときとして、のちに生きる人びとの思考と「いま」の人びとのそれとを通底させることがありはしまいかということなのだ。──蓮實重彦
日本語のレッスン
日本語のレッスン
著:竹内 敏晴
講談社現代新書
自分本来の声を取りもどし、ことばのもつ根源的な力を回復するための独自のプログラムを生き生きと提示する。 自分の声に出会う──ああ、これが自分の声だ、と納得した時、自分が現れる。これが自分だ、と発見するということは、自分をそう見ている自分もそこにしかと立っているということで、ふだんの自分が仮構のものだった、固まつた役割を演じていたのだと、霧がはれたように見える。世界が変わってしまう。目が開く。比喩ではない。実際に相手の顔が、周りの世界の隅々が、くっきりと、初めてのように見えて来るのだ。深ぶかと息をすると、自分の存在感が変わる。世界のまん中に自分が立っていると気づくと言ってもいいか。自分がこの世に落ち着くのだ。自分の声に出会うということは、自分が自分であることの原点である。──本書より
悩む性格・困らせる性格
悩む性格・困らせる性格
著:詫摩 武俊
講談社現代新書
自分や友だちはどんな人間?他人が気になり過剰に内省する過敏性性格、一人称が多く嫉妬深い顕示性性格など、自他の特徴を知り、柔軟な人間関係を作るためのヒントを提示。 なんとなく敬遠される人──なんとなく嫌われる人というのがいる。特に不誠実なことをしたとか、乱暴をしたとか、攻撃したとかいう事実がないのに、 親しい人がなかなかできない、できたとしてもやがて自分から遠ざかっていってしまう。その人の自覚としては、どうしてみんな自分から遠くなってしまったのか、自分の話を聞いてくれる人がどうしていなくなってしまったのかわからないというものである。本人はこのように考えているが、第三者的に見ると、あの人はいい人なのにどうして人望がないんだろうかということになる。ひとくちで言えば、特に非難されるようなことはないのだが、親しい友だちができないし、できそうになると相手が消えていってしまうのである。こういう人たちの根底にある性格は顕示性性格と名付けられる。──本書より
金融不安
金融不安
著:及能 正男
講談社現代新書
もはや誰も銀行を信じない。不信感が日本経済を萎縮させる。はたして金融が甦る日はくるのか──。独自のデータから日本・欧米の銀行破綻を詳述し、金融システムの本質的転換を迫る! 2行2 証券倒壊で幕が開いた──97年11月の2行2証券倒壊は、ひとつひとつの事例をみれば無理のない結末だったが、91年3月12日の東海銀行による三和信金〈本店東京)救済合併に始まる、いわぼ崩壊後の銀行破綻連鎖の、句読点なのか、それとも終止符なのか。……銀行は通常、安定で確固たるサービス産業の筆頭と考えられている。今世紀中葉の敗戦の混乱期をへて、この世妃末に至るまで銀行破綻は「異常事態」であり、ありうべからざる「事件」として受けとめられてきた。しかし、銀行業は本来的に安定・堅固なのか。86年から89年末へかけての金融バブルの発生、90年初頭からの株価崩落を契機として、97年12月の「惨劇」に至る8年間のバブル破裂期に、従来堅固とされてきた金融サービス産業の中核に一体何が起き、また引き続きいかなる事象が生起しうるのであろうか。──本文よ
はじめてのイタリア語
はじめてのイタリア語
著:郡 史郎
講談社現代新書
下手でも理解しようとしてくれるイタリア人──イタリアではことばがあまりできない外国人でも意思の疎通は比較的楽です。カタコトでもちょっとイタリア語を口に出すと「うまい」とほめられ、次にその人に会った時にまたイタリア語を口に出すと「すごい。上達したじゃないか」とおだてられます。(中略)そうして楽しくやりとりが進むうちにイタリア語を使う量も増えていきます。ですから上達も速いのです。──本書より すっきりわかる文法解釈、実践的な日常会話、初心者も安心の発音指導。語源の話、イタリアの雑学も興味津々、楽しく読める入門書決定版! 下手でも理解しようとしてくれるイタリア人──イタリアではことばがあまりできない外国人でも意思の疎通は比較的楽です。カタコトでもちょっとイタリア語を口に出すと「うまい」とほめられ、次にその人に会った時にまたイタリア語を口に出すと「すごい。上達したじゃないか」とおだてられます。イタリア人自身おだてに非常に弱い面がありますが、その反面ほめるのがうまいと言いますか、おだて上手なのです。そうして楽しくやりとりが進むうちにイタリア語を使う量も増えていきます。ですから上達も速いのです。イタリア人はイタリア語を勉強する人の強い味方、イタリア語はしゃべりやすく、上達も速いことばなのです。私たちもイタリア人のおだてに積極的に乗って、イタリア語の達人を目指そうではありませんか。──本書より
電子あり
バリ島
バリ島
著:永渕 康之
講談社現代新書
「神々の島」「芸術の島」は、いかにして生まれたのか。バリ、バリ、ニューヨークを結んで織りなされた植民地時代の物語をたどり、その魅力の深層に迫る。 植民地博覧会と「バリ島」──1920年代から30年代にかけての大戦のはざまにあたる時期、バリでは植民地統治体制が完成期を迎えていた。……同じ時期、バリの名を決定づける2つの事件が、パリとニューヨークという文明の中核地点で起こっていた。1931年パリの国際植民地博覧会、そして1937年ニューヨークでのミゲル・コバルビアスの「バリ島」の出版である。植民地博覧会に出展したオランダ政府は主展示館のテーマを「バリ」と定め、バリ舞踏団を招き、これがバリ芸能の最初の海外公演となった。1度目のバリ滞在の帰路パリに立ち寄り、この博覧会を興味深く見ていたメキシコ人コバルビアスが、再度バリを訪れ、そのときに得た資料をもとに書いたのが「バリ島」であった。この本はバリ文化紹介の決定版となり、日本語にも翻訳されている。──本書より
参勤交代
参勤交代
著:山本 博文
講談社現代新書
華麗な大名行列の実相とは何か。幕府・他藩への「外交」と儀礼、トラブル処理の知恵、コストのやりくり──多彩な実例と人間模様をふまえて幕藩体制の知られざる根幹を解き明かす。 面子の衝突──天保13年(1842)、古河宿でのことと伝えられる話である。翌年に挙行されることになった将軍家慶の日光社参の準備のため、勘定奉行跡部良弼と目付佐々木一陽らが、古河宿に入った。すると、そこには、前年家督を継ぎ、初入部を行おうとする仙台藩主伊達慶寿が、既に本陣に関礼を掲げていた。跡部らは、公用であることを笠に着て、強引に本陣に宿泊した。その結果、伊達家の一行は、仕方なく宿の周辺で野営せざるを得なくなった。このため、激した伊達家は、跡部と佐々木の両人を伊達家に引き渡すことを求め、もし容れないならば、もはや参勤をしないと申し立てた、という。……このようなトラブルを避けるための最善の方法は、絶えず道中の情報を収集して、宿場でかち合うことがないようにすることである。大名の宿泊地は一定しておらず、周囲の都合でよく変更したようである。──本書より
失われた化石記録
失われた化石記録
著:ウィリアム.ジェイムズ・ショップ,訳:阿部 勝巳,監:松井 孝典
講談社現代新書
35億年前、地球に何が起こっていたか!? 細胞はどのようにして始まったのか?──生命の始まりに関する大きな謎の1つに、細胞とその代謝がどのようにして始まったのかということがある。最初の細胞は、今日生きている生物の中でいちばん小さくいちばん単純な、マイコプラズマのようなものではなかったのかと想像したくなる。マイコプラズマは本当に小さい。わずか数百のタンパク質をつくる指令に必要なだけのDNAしかもっていない。すべてが寄生性であり、他の細胞内で成長し繁殖する。これは最初の生命形態としては、ありえない生活の仕方である。これに代わりうるモデルは、ふつうの細菌である。しかし細菌というのは驚くほど複雑なもので、数百種類のポリマー、1000種類以上の酵素、数千万個の分子から構成されている。最初の細胞は、もっとずっと簡単なものだったはずである。いちばん初めの細胞がどのようなものであったのかを知るには、今日の生命と最初の生命との間を仕切っている進化のヴェールをはがす必要がある。──本書より
からだと心の健康百科
からだと心の健康百科
著・編:椎名 健
講談社現代新書
自分に一番ふさわしい「健康」とは何なのか?正しい睡眠・ストレス対処法からダンベル・チューブなど最新のエクササイズまで……発想を変える48の処方箋! 健康とは何か?──「あなたは今、健康ですか」という問いに何と答えるだろうか。ある調査では、およそ8割の人が「自分は今、健康です」と回答した。しかし、「健康です」と答えた人の9割は、「健康について何らかの不安を持っている」とも答えていた。つまり、……腰痛や肩こり、体調不良、精神的ストレスなど、何かしら調子のよくないところがあったり、自覚的には体調が悪いというわけではないのだが、健康診断を受けると、血圧が高いとかコレステロールが多いとか言われて気になっている人が多いのかもしれない。一方、……将来を考えると、動脈硬化や心臓病、脳卒中、ガンなどの病気が多いらしいので、いろいろと心配してしまうという人もいるだろう。──本書より
<神>の証明
<神>の証明
著:落合 仁司
講談社現代新書
人が神に成る、神が人に成る。宗教の大前提はいかにして可能か。東方キリスト教を手がかりに、全宗教を貫く普遍理論を提唱。 世界と神──宗教とは何かという問いに答えることは難しいとされている。万人の納得する宗教の定義は差し当たり見つかっていない。以下に僕なりの宗教の定義を与えるが、それは万人に受け入れられている真理としてではなく、差し当たりそう定義してみると結果として何が見えて来るかを調べるための仮説としてである。つまり以下に与えられる宗教の定義は、そこから導かれる結果の善し悪しによってその成否が判断される仮定としてのそれである。したがって僕の宗教の定義を見ただけで本書を投げ出さないで欲しい。僕のように宗教を定義することによってえられる結果を見てからでも本書を捨てるのは遅くない。結果を知るためには実は本書の末尾まで目を通していただく必要があるのだが、結果については自信がある。読者はおそらく初めて聞くであろう宗教の見方と出会うに違いない。──本書より
人生の価値を考える
人生の価値を考える
著:武田 修志
講談社現代新書
ただ生きるかよく生きるか、あるいは挫けるか。逆境に落ちて突きつけられた問いを考え抜いた人たちの生き方を通し、生の意味を考察する。 人間は問われている存在──「人生には無条件の意味がなければならない」──これはどういうことであろうか。「人生には無条件の意味がなければならない」とは、言い換えれば、「人生にはどんな場合にも意味がある」ということである。それゆえ、まずこれによって言えることは、フランクルの人生に対する姿勢は、多くの人々のそれとは異なって、そもそも「人生には意味があるか、ないか」と問うような姿勢ではない、ということである。それどころかフランクルは、我々が人生に意味があるかと問うのは、「はじめから誤っている」という。我々は「生きる意味を問うてはならない」という。なぜであろうか。これに対するフランクルの答はこうである。それは、「人生こそが問いを出し、私たちに問いを提起しているから」である。我々は人生を問う存在ではなく、逆に人生から「問われている存在」だからだ、と。──本書より